2.サーヤのお仕事っ!
サーヤがコーギーの牧場へ着いた時には、だいぶ日が傾いていた。
この時間にコーギーがどこにいるのかは分かっている。羊小屋だ。そこで掃除かなんかをしているはずだ。
「コーギー、そこにいるんでしょ?」
中を少しのぞいてみたが、羊が元気よく鳴いているだけだった。
「コーギー! あたしが来たのよ。返事しないなんて、ずいぶん度胸あるのね」
やはり見当たらない。家にいるのかもとそちらへ足を向けると、
「ワンッ、ワンッ!」
とマロンが小屋の裏側から走って来た。うれしそうにしっぽをふり、辺りをはねる。
「あら、マロンじゃない。ご主人様はどこ?」
しゃがんで頭をなでながらそう尋ねると、言葉が通じたかのように再び小屋の裏側へ走っていく。
「そっちにいるのね?」
サーヤは小走りで向かった。すると、
「ちょっ、ちょっと待った!」
コーギーのあわてたような声が耳に入る。サーヤはその場に立ち止まった。裏側ではマロンがはしゃいでいるらしく、呼吸音と雑草のこすれる音が聞こえてくる。
「なによ。あたしは、早くあんたから仕事をもらわなくちゃいけないんだけど?」
不満げに歩を進めるサーヤ。だが、コーギーは「待って、来ないで!」と彼女の出現を拒んでいる。
「もう、いい加減にしなさいよ! なにをじらして――」
その瞬間、サーヤの顔が真っ赤に染まった。小屋の裏側で、コーギーはうんちをしていた。お尻をこちらに向けて。マロンが彼のお尻に近づいて、興味深そうに鼻を動かしている。コーギーは恥ずかしい所を必死に隠そうとしているが、もう手遅れだった。
「いやああああ!」
サーヤは突然森でオオカミに遭遇した時のような表情で、小屋の表側に逃げ帰った。そしてペタリと座りこむ。
コーギーがあれをしている事に気付けなかったのは、風が小屋の表側から裏側に吹いているからだろう。
彼女の息は荒々しくなっていた。見たくないものを見てしまった。今のは、絶対コーギーが悪い。
数分後、彼が緊張した面持ちでやって来た。サーヤを見つけたとたん、気まずそうに視線をそらす。
「サ、サーヤ。きょ、今日も来てくれたんだね」
「そんなことより、あんたなんであんなところで……やってたのよ!?」
「え、ええと。家までもたなくて。……ゴメン」
「謝ることないわよ。ここはあんたの土地なんだから。なにをやっても自由なんでしょ?」
「もしかして……、怒ってる?」
「それ以外になにがあるっていうの?」
「本当にゴメン……」
「もうっ!」
サーヤは腹ただしく立ち上がると、片手をコーギーに差しだす。
「早くあたしの仕事を言いなさい! さっさと終わらせるから」
「う、うん。分かった……」
コーギーが「それじゃ……」と自分の家を指さし、遠慮がちに言葉を続ける。
「洗った洗濯物をたたんでほしいのが一つ。それと、食器を洗ってほしいのがもう一つ。あと、部屋の掃除も」
「またあ!?」
サーヤがすっとんきょうな声を上げた。「もしかしてあんた、前にあたしが来てからまったく掃除とかしてないの?」
「そ、そうなんだ……」
「まったく、コーギーは本当に仕事以外のことは全然しないんだから!」
「ゴ、ゴメン……」
「そのセリフは聞き飽きたわよ」
彼女はあきれた様子だ。
「ぼ、ぼくは羊用の水くみをしてるから、そっちはよろしくね」
コーギーは逃げるように小屋の中へ消えた。マロンもその後を追いかけていく。
サーヤはため息をつくと、腕をまくって彼の家へ歩きはじめた。たぶん、中はドエライことになっているにちがいない。
サーヤの想像通りだった。家の中は衣服があちこちに散乱し、台所には使いっぱなしの食器が無造作に積み上げられ、部屋のすみにはほこりがたまっている。彼女にとって、ここは人間の住めるような場所ではなかった。
「よし、こんなの早く終わらせるわよ!」
鼻と口をもう一枚のバンダナで隠し、ドアや窓を全開にした。風が通り、空中のほこりが外へ流れていく。
「最初は洗濯のやり直しね」
コーギーは「洗濯した」と言っていたが、ほこりが積もっていて、とても着られそうにない。
「うんしょっと」
サーヤは洗濯物を抱えて、裏口から近くを流れる川へ向かった。彼は同じ服を何度も着る習慣があるため、それほど量は多くない。ただ、汚れが取れにくくなる。実際、年代物とでも呼ぶべき汚れが、ズボンや下着についている。
川へ行くと、ちょうどコーギーが水を入れた樽をリアカーに乗せて引っ張っているところだった。顔にものすごく力が入っている。よほど重たいにちがいない。
サーヤは、ずっと前に川の一部を大きな石で囲んだ洗濯場をつくった。そこに全てをぶちこむ。
今日はほこりを取るだけだから、すぐに事が済んだ。汚れが水面に浮かんでいる。囲んである石を一個どかし、水を流した。
洗濯物を干し終わり、次に取りかかったのは部屋の掃除だ。いいかげん、こんなほこりっぽい部屋はごめんだ。硬い植物の茎で出来たほうきを外から持ってきて、汚れをかきだす。
掃除中も、「ワンッ、ワンッ!」というマロンの楽しそうな声が、少し遠くから聞こえてくる。まったく、あの犬は羊を追いかけること以外は、遊ぶことしか頭にないんだから。
家中からほこりを集めると、マロンの半分くらいの大きさの固まりになった。本当にこんな家で今までコーギーが過ごしていたのが不思議だ。
そういえば二年くらい前、初めて仕事としてこの家の片づけをしに来た時は、今の二倍は汚れていた。それでいざ掃除を始めようかとした時、
「待って、下着が散らかってるから外にいて!」
と、コーギーが顔を真っ赤にしていたように思う。
その時点で、「自分がいないと、コーギーはなにも出来ないんだ」と気付いたのだ。だから、今やっている仕事はやめられない。やり続けないといけない。
いよいよ最後。台所の食器洗いが残っている。つい後回しにしてしまったが、覚悟を決めなければ。
「いやだー……」
二週間放っておくとこうなってしまうのか。サーヤは額にしわをよせる。
水でぬらした布でこすってみるが、もはや彼女には太刀打ちできるものではなかった。
「新しい食器を買うように言っておかないと……」
そして、仕事に来る回数をもっと増やすことも忘れずに。
一応きれいになった食器は棚にしまったが、布は汚れて二度と使い物にならなくなった。
全ての仕事が終わったとたん、一気に眠気が襲ってきた。頭のバンダナを外し、ほとんど無意識で歩いて、コーギーの寝床に飛びこむ。
数秒後、彼女は寝息をたて始めた。
ふわっふわっと温かい息がほおにかかっているのを感じた。サーヤはうっすらと目を開け、左に顔を向ける。
そこには、かわいい寝顔を見せるコーギーがいた。あわてて跳ね起きる。
なんでこんなことになってるの? リビングでは、マロンが床の匂いをかぎまわっている。
「起きなさいよ! なんであたしのところで寝てるわけ?」
ゆすると、彼はうーんとうなりながらゆっくりと体を起こした。
「どうしてよ?」とサーヤはさっきの言葉を繰り返す。
「え、なに言ってるの? ここはぼくのベッドだよ?」
「いやそうじゃなくて。どうしてわざわざあたしがいる所で寝てたのかって聞いてるんだけど」
「だって、疲れてたから」
全然答えになってなーい! サーヤはもう一度寝ころんだ。
「あーあ、なんか家に帰るの面倒くさくなってきたわ」
それなら、と彼が顔を近づける。
「今夜、泊まっていく?」
純粋無垢な目でそう言った。
「え?」
彼女はぽかーんと口を開けた。
そういえば、キャラが……をしている所って小説じゃほとんど見かけない気がします。だから、あえて入れてみました。