ある自由な女の親友から見た茶番劇
【ある奥方が離婚して自由を満喫するまでの独り言】の続きで別視点です。
「私が悪いんです」
ぽつんと呟いて涙を落としたのは、紙切れ一つ残して夫も家族も捨てていった親友の妹だった。
俯いているから表情はわからないけれど多分に後悔を含んでいるのだろうな、と想像して非常に嫌な気分になる。具体的に言うと同情と嫌悪と面倒くささ。
そもそも、あたしはきちんと反対してやったのだ。あの結婚を推した上司にも、彼の両親にもきっと合わないからとかなんとか言いつくろってはみたけれども誰も聞かなかったのだ。みんな親友を一体なんだと思っているのだろう。普段は妹や夫になる前の影に隠れ譲歩しているように見せかけてうやむやなうちに自分の都合の良いように事態を運ぶことに友人間では定評のある、政略結婚とはもっとも縁遠いだろう親友が特に反対せずに好きでもない男に嫁いだ時点で何かしら起こるもしくは企まれているのは確定だろうに。わかっていたであろう親友の両親は周り、特に上司に逆らいようがなかったから仕方がなかったのかもしれないが。
―――ぐだぐだと回想する過去に本来意味はないけれども、親友の妹のつまらない告解に神妙な顔を保てる程度には役に立つ。
「私が、私があのひとを諦めきれずにいたから・・・だから、姉さまはっ!」
悲しみに浸ってみせるとは悲劇の女主人公気取りか、と吐き捨てたくなる気持ちを抑え、あたしもまるでそれに同調したように俯いて見せる。馬鹿馬鹿しい。今更か。罵ろうと思えばいくらでも言葉は出てくるものの今そんなことを言おうものなら袋叩きに遭うだろう。もっとも、あまりに下らない茶番劇というのは退屈を通り越して笑うしかできなくさせるみたいで必死に笑いを堪えて肩を震わせれば気遣わしげに添えられる手。
ああ、馬鹿みたいだ、本当に。
「っすみません・・・貴女だって、辛いのに・・・私ばっかり、取り乱して・・・」
消沈した声に親友の妹からは見えない位置で嘲りの笑みを唇に刷いて応えてみせる。いいえ、いいえ、辛いのはみんな一緒ですから。全くもって良くこんなことを考えながら必死に辛さを堪える声を出せるなあと自分で自分に感心しつつ、そういえばこれは親友が世渡り下手なあたしのために特訓してくれたんだった、と思い出す。
それにしても、厚顔無恥すぎやしないかいこのお嬢さん。姉が出て行ったのを自分のせいと言いながら姉の夫に取り縋る姿は娼婦に似ていて、この涙は男の同情を引くためか、とため息を吐いた。そんなあたしに声をかけてきたのは親友の妹の取り巻きの中でも一等男前で家格も高い親友の夫の幼馴染。
「・・・何かご存知ではないですか。彼女は浮気をしたり、ましてそれを理由に失踪する人間ではないはずだ。彼女の言うとおり彼女を慮って消えたとしても行き先に心当たりなどは・・・」
真剣に尋ねているのだろう男に、不覚にも殴りかかりそうになった。
(お前が、私の親友の、一体何を知ってるの!一体どの面下げて、そんなことを言えるの!
あの子を一番忌避して、蔑んでいたお前に、一体何がわかるっていうの!?)
奥歯を噛み締め、言葉を喉奥に留め、何とか平静を保って搾り出せた言葉と声の調子はまさしく親友の失踪を嘆いて心痛に苦しむ女のソレ。
「・・・知っていたら、知っていたらっ!私はっこんな所に・・・っ!」
ぎり、と音がするほど唇に食い込んだ歯を伝って鉄錆の味が口内に広がる。こいつさえいなければ親友はもっと早く自由になったのに!
あの子が受けた仕打ちを知っている。あの子が今どこにいるかも知っている。知ろうともしなかったお前たちと違って、あの子がどうしてあの仕事を選んであの場所に行ったのかも、すべて!でも教えるものか!あの子に頼まれたってこともあるけれども、たとえ頼まれていなくてもあたしは言わない!お前がいるとあの子が不幸になる!あの子は、あの子は・・・あたしを救ってくれた、あたしのたったひとりの親友なんだから!
絶対に、お前らなんかに渡さない!