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ご学友との距離が近すぎません?

作者: 瑠璃ひより

「レオン様、さすがにその距離感はおかしくありませんか?」


 王立学園の中庭、噴水のほとり。私の婚約者であるレオン・ブライト侯爵令息は、クラスメイトの平民令嬢、シャーリー嬢の肩に手を回し、一つの辞書を二人で覗き込んでいました。 密着。まさに密着です。


 私の指摘に、レオン様は面倒そうに顔を上げました。ブロンドの髪が鬱陶しく目にかかっています。社交の場でみっともない髪型はやめた方が良いと何度も忠告申し上げているのに、一向に変えません。


 曰く、「この方がご令嬢方からの受けが良いから」。


 そんなレオン様は、これ見よがしにため息をついて言います。


「またそれか、リリアーヌ。君は本当に嫉妬深いな。彼女はただの『学友』だ。勉強を教えてもらっているだけだよ」


「勉強、ですか。あちらのベンチは空いていますし、辞書を二冊用意すれば済む話ではありませんか?」


「それじゃ効率が悪いだろう? シャーリーは教え方が上手いんだ。なあ?」


 レオン様が鼻先が触れそうな距離で微笑みかけると、シャーリー嬢は頬を赤らめ、上目遣いで私を見ました。庇護欲を掻き立てる、身分が低い者の仕草。なるほど、確かにこんな視線を向けられたら、学園の令息は皆「イチコロ」でしょうね。


「リリアーヌ様、ごめんなさい……。私、平民だからマナーが分からなくて。レオン君が優しくしてくれるから、つい甘えちゃって。不快にさせたなら、私、死んでお詫びします!」


 ポロポロと涙をこぼす彼女。レオン様は慌ててその肩を抱き寄せ、私を睨みつけました。


「リリアーヌ! 彼女を責めるな。純粋に学問に励む彼女を、身分の差でいじめるなんて最低だぞ」


「……左様でございますか」


 私は無表情で、持っていた日傘の柄を握り締めました。 ただのご学友。その割には、彼女の首元にレオン様の家紋入りのペンダントが光っていますね。


 彼らは気づいていないのでしょう。 この婚約が、ブライト侯爵家の膨大な借金を、我が公爵家が肩代わりすることで成り立っているという事実に。


◇◇◇


 一週間後。学園の創立記念パーティーが開かれました。 私はわざと少し遅れて会場に入りました。


 案の定、広間の中央ではレオン様がシャーリー嬢の腰を抱き、エスコートしていました。 シャーリー嬢が着ているのは、私が先日盗まれた、特注のシルクドレスによく似た……いえ、そのものですね。おおかた、新品を調達しつつ、私に古いドレスを選ばせて恥をかかせようという浅知恵でしょう。


 ――いいえ、きっと計算高い彼女のことです。それをさらな奸計に利用したに違いありません。


 なんにせよ、準備は万全。あとは、彼らがぼろを出すのを待つだけです。


◇◇◇


 先に私に気付いたのはシャーリー嬢でした。怯えた顔で何かをレオン様に耳打ちします。彼の視線が意地悪そうにこちらをとらえました。


「リリアーヌ! ちょうどいい、君に話がある! こっちに来い!」


 レオン様が勝ち誇った顔で私を指差しました。公衆の面前で婚約者を指さすなど、普通は考えられないことです。が、興奮した彼にそのような道理は解りません。歩み寄るなり、大きな声で続けます。


「シャーリーから聞いたぞ。君が裏で彼女を呼び出し、池に突き落とそうとした上に、このドレスを無理やり奪おうとしたそうじゃないか。そんな悪辣な女、私の妻にするわけにはいかない!」


 会場が静まり返ります。シャーリー嬢は、レオン様の背後に隠れて、ニヤリと口角を上げました。


「今ここで婚約破棄を宣言する! 私は真実のパートナーとして、シャーリーを選ぶ!」


「……なるほど。では、そのドレスの件から整理しましょうか」


 私は落ち着いて、背後に控えていた侍女に合図を送りました。


「シャーリー嬢。そのドレス、左の脇のあたりに小さな『魔導糸』の刺繍があるはずです。確認していただけますか?」


「え? な、何よ急に……」


「それは我が家が開発した防犯用の糸です。持ち主の魔力と一致しない人間が着ると、数分で赤く発光し、さらには……」


 その瞬間。シャーリー嬢の着ていた純白のドレスが、どす黒い赤色に光り輝きました。


「きゃあああ!? な、何これ、熱い!」


「それは『盗難警報』です。そのドレスは三日前に私のクローゼットから消えたもの。あなたが盗んだという動かぬ証拠ですわ」


「し、シャーリー? これは君が作らせたものじゃないのか!? 私と釣り合うためにと……」


 レオン様がうろたえます。


「いいえ、レオン様。これは我が家から盗まれたもの。そのうえ彼女はあなたに嘘をついて、私が奪おうとしたと思わせた。ですが残念。私はその日、一日中、王妃殿下のお茶会に出席しておりました。こちらに殿下直筆の招待状と、その場にいた十名のご令嬢たちの証言リストがあります」


 私は懐から紙束を取り出し、扇子のように広げました。


「さらに言えば、レオン様。あなたがシャーリー嬢に買い与えていた数々の宝飾品。それ、我が家から融資している『事業資金』から流用していますよね? 用途外使用は契約違反。即時全額返還の対象です」


「な……全額返還!? そんなの、今すぐには……!」


「できないでしょうね。ですから、先ほどお父様に連絡し、ブライト侯爵家の資産一式を差し押さえさせていただきました。今この瞬間、あなたは侯爵令息ではなく、ただの借金まみれの一学生です」


 レオン様の顔から血の気が引いていきます。


「ま、待て、リリアーヌ! 今の婚約破棄は冗談だ! 私はただ、彼女に騙されていただけで……!」


「冗談? あら、大勢の前で宣言されたのですから、もう遅いですわ。無論、シャーリー嬢も。窃盗罪で近衛兵が外に待機しています。そのドレス、脱いでから連行されますか? それとも赤く光ったまま牢屋へ行きますか?」


 シャーリー嬢は腰を抜かして震え、レオン様は私に縋り付こうとしましたが、私の護衛騎士に軽々と取り押さえられました。みじめに鬱陶しい髪が額に張り付いています。


「ご学友との距離を詰めすぎた代償は、高くつきましたね」


 私は冷たく言い放ち、背を向けました。


 後日。 ブライト侯爵家は没落。レオン様とシャーリー嬢は、揃って地方の鉱山での強制労働に従事することになったそうです。 二人仲良く「ご学友」として、肩を並べて汗を流していることでしょう。


 一方の私は、王妃殿下の御紹介で、誠実かつ有能な隣国の第三王子との縁談が進んでいます。もちろん、婚約者とご学友の距離感を取り違えるようなことはしない方ですよ。それがあるべき、本来の姿なのですから。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


もし少しでも「面白かった」「応援してやってもいいぞ」と思っていただけましたら、画面下の評価欄(☆☆☆☆☆)やブックマークからパワーを分けていただけますと幸いです。執筆の励みになります。


また別の物語でもお会いできることを、心より願っております。

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― 新着の感想 ―
爵位が上て資金援助してくれている家の令嬢に、何をどうしたら上から目線になれるのだろうか? 性別か? 性格が合わなくても普通は大人しくするだろう。 陰険にこそこそするならともかく… あと、リリアーヌは何…
面白かったです! レオン自身は残念でも、侯爵家にはそれなりの魅力があったでしょうに。 シャーリーは、下級貴族の愛人枠とか、お金持ちの平民の正妻くらいで満足していれば幸せになれたかもしれないのに。 リリ…
どうやってドレスを盗んだのかが気になって仕方がないです。 仕立て屋から直接の場合、実情はともかく過失は店側になるはずですし、 公爵家からとなると内通者がいるはずで、内通者は今頃鞭打ちのうえの晒しの刑に…
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