第三惑星 「タレーラン曰く【人間に言葉が与えられたのは、思考を隠すためである】」
第三話
鎮守府司令長官執務室を出た瑠海は、手にしたタブレットの画面を見下ろしながら歩いていた。
表示されているのは簡素な計画書。詳細な概要などはまるで分らない。
まぁわざと詳しい情報は書いていないのだろう。ただの大佐の艦長に軍事機密を渡す様な馬鹿は存在しない。
顔を上げると、視界の先で旭日旗がはためいていた。
ここで風が吹くことは無い。ホログラムで表現された偽物の旗は今日も誇り高くたなびいている。
「えーっとここが掲揚台だから……船渠第十七棟は……」
いやどこやねんそこ。
地図はここから数十キロ離れた場所を指していた。こんな軍港の中心地から遠く離れた所の船渠棟なんて本当に使えるのだろうか。
歩いて行こうと思ってたけど無理だなぁ。どうしよ……
「ってあれは……」
途方に暮れる私に正面から一台の車が近づいてくる。カーキ色の車体。丸みを帯びたフォルム。
正面には桜と錨をあしらった黄金の海軍紋章が輝いていた。
窓を見ると見慣れた人影が覗く。
「おーい!! 綾火! こっちこっち!!」
腕を振って叫ぶと車は減速し、そのまま目の前でぴたりと止まった。
瑠海は迷いなくドアを開け、勢いよく助手席に滑り込む。
「よっと。いやーありがとね。助かったよ~」
わざとらしいエンジン音と同時に、運転席の少女…… 綾火がため息をついた。
「あんた本当に相変わらずね……遠慮って言葉を知らないのかしら?」
呆れたように言いながら、綾火はアクセルを踏み込む。
伝統的な車であるこの乗り物は車輪を回して走り出す。
「まぁまぁいいじゃん。私を送る為に来てくれたんでしょ?」
「か……勘違いしないでよね!こ……これは提督に頼まれたから来ただけ!どうせ瑠海の事だから移動手段の事なんて考えて無いだろうってね」
「あはは……大正解。まさか十七棟がこんな遠いとは思わなかったんだもん。こんな奥来たことないし」
「そりゃ旧鎮守府棟が使われてた時代に作られた物だしね」
「へぇ〜」
私が感心したように呟くと、綾火はハンドルを握ったまま前を見据え続ける。
「……ねぇ、瑠海。あんた新しい軍艦の艦長に任命されたのよね?」
不安そうに綾火は言った。恐らく提督から聞いたのだろう。
「うんそうだね」
私は何事も無い様に、悟らせない様にそう答えると、綾火は落ち着きつつもどこか怯えた様な声で言う。
「私は軍人として他人の軍務に関わる事情を詮索するつもりは無いわ。でもどうして進水前の軍艦をわざわざ艦長が視察する必要があるのか、どうしてこんな中央から遠い古い船渠棟で建造されてるのか。それが分からないの」
「……さぁなんでだろうね。私も知らないや」
私は馬鹿っぽくそう言う。勿論私は理由を知っている。計画書にそれとなく書いてある。しかし軍の規則上、計画書の内容を他人に教えてはならない。そう答えるしか無かったのだ
「そう」
綾火はポツリとそう言った。暫くの間車内にはエンジン音のみが響く。
綾火はなんでも察してしまうから、嫌いだ。
「そういえば、私が留守の間毎日私の帰りを提督に確認してたんだっけ?」
「そ……それは…あれよ!」
私はいつもの様に場を茶化して誤魔化す。この空気はあまり好きでは無いから。綾火はいつもの照れを隠せてないツンとした言い訳をする。こっちの方が何倍も良い。
そこから私と綾火はいつもと変わらないくだらない会話をした。永遠に続いてほしい時間は虚しく過ぎていき、ついに一つの巨大な鉄の塊が姿を現した。周囲とは明らか浮いたその無骨な怪物にははっきり『船渠第十七棟』と書かれている。笑ってしまうくらいの大きさだ。
その頃には周りに人の気配は一切無く、贅沢にも無駄に酸素を消費した後の鉄で形創られたガラクタが幾千も並ぶ。栄光ある軌道横須賀軍港にこんな場所があるとは夢にも思わないだろう。
「少し手前で下ろして」
綾火はこくりと頷くと道路の端に車を止め、無口で車の鍵を解除する。
私は扉を開け一言「それじゃ」と呟いた。
「無理しないでね」
綾火はそう優しい口調で返す。
「……うん」
車体を180度旋回して遠ざかっていくその車に私は大きく手を振った。




