クラウゼヴィッツ曰く【戦争とは政治の延長である】
第一話
海軍とは大昔、地球表面の7割を占める水海から船で攻めてくる敵を同じく水海に浮かぶ船で迎え撃つ軍隊だったらしい。
宇宙という大海原を主戦場とする今の海軍が、陸軍のように惑星に張り付いていたという事実はどうにも信じ難い。
惑星に満ちる膨大な水。
その水は他国とも接してて、そこから敵国の軍艦が自国の領土へと侵攻してくる。
一つの惑星に二つ以上の国家が存在する――それはどんな感覚だったのだろう。
海を挟んで、数十キロ先に「他国」があるという気分は。
国と国が、直接触れ合っているという感覚は。
……国境とは、一体どんな姿をしていたのだろう。
本当に不思議だ。
何も分からない。想像もできない。
それなのに、なぜか……理由もなく、それが「正しい姿」だったような気がしてしまう。
私は海風にたなびく日章旗を見つめながら、思考という深い海へと沈んでいった。
目の前には、どこまでも続くかのような広大な水海。
当たり前だけどそこには確かな終わりがあって、その先に日本以外の国家は存在しない。
波の音が心地良い。
昔の人々も同じようにこの音を聞いていたのだろうか――。
「はぁ……軍人なんかになるんじゃ無かったのかも」
私は周りに誰も居ないのを確認してボソッと呟いた。もし誰かに聞かれていたら非国民などと言われてしまうかもしれない。特に私の様な存在は。
しかし私だって人間だ。愚痴の一つや二つ溢したくなる気持ちを愛国者には分かってもらいたい。と私という愛国者は思う。
そんな事を考えているとポケットの携帯が鳴る。考えに耽るのも飽きてきた所だし丁度良い。
私は携帯を取り出すと空中に浮かぶホログラムに表示されたボタンを優しく押した。
「はい。大日本皇国海軍大佐、天霧 瑠海です」
当然軍人であった事を思い出したかのような格式張った声を出した。自分でも驚くほど私は軍属らしい。
「そんな形式ばらなくていい。これは提督としての電話ではないからな。楽にしてくれ」
優しい男の声だ。正直聞き飽きた……しかし安心する声。
「そうですか。分かりました」
「あぁ。それで、今の体調はどうだ?」
いつも通りこの人は超が付くほど心配性だ。いや、過保護と言うべきが正しいのかもしれない。
「そりゃもう元気全開ですよ!今は沖縄惑星県へ旅行に来てます!休暇のお陰で疲労も回復出来ましたし!」
少し嘘をついた気がする。分からない。
「そうか。明日で休暇は終わりだが……いけそうか?」
「はい。大丈夫です。日本国家の重要な時期に留守にしていた分、誠心誠意努めたいと思います」
「……分かった。それでは明後日、横須賀鎮守府で待っている。貴君の祖国への忠誠と献身を期待する」
「はい」
その一言で通信を切った。後半は正直軍人モードだった気がする。いつもの癖だ。
私は携帯をポケットに仕舞おうと、下を見る。さっきまで灰色だったコンクリートは橙色に染まっている。それに気付いて顔を上げると、日の丸が海に浮かんでいた。そろそろ宿に帰る刻だ。
私の時が過ぎていく。時が、迫ってくる。
「植民地に成りたく無ければ、植民地を持つ側にまわるしかない……か」
私はそう呟くと海から逃げる様に歩き始めた。
「そろそろ戻ろう。暗くなる前に」
ある日の事だ。前々から分かっていた事だけど、いざその現実に直面すると案外動揺してしまうもので。前々から覚悟していた事だけど、案外覚悟が揺らいでしまうものらしい。
宿のテレビ。全てのチャンネルが一斉に変わり、甲高い不協和音の混じったチャイムが部屋中に鳴り響く。
――テンテレレレレ レレレレ テンテンテン…… テテテン テレレレ レレレレ テーンテン……
【臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。
大日本皇国政府、皇国陸海軍部、グレゴリオ歴9月10日、大日本統一時間午前6時発表。
皇国政府は、時局の推移に鑑み、国運の進展と国体の護持を期し、世界列強と並び立つ新方針を宣定す。
即ち、皇国は今後、皇威を外宇宙圏に輝かし、国権の伸張を断乎として推進し、国家の自存と繁栄を確保せんとす。
これ、皇祖皇宗の遺訓を体し、万邦に皇国の真を顕彰せんとするものなり。
大日本皇国政府、皇国陸海軍部からこのように発表されました。】
あの日を、よく覚えている。
紀元一万千三百六年、英弘八十九年、西暦10788年、グレゴリオ歴 九月十日
大日本皇国宇宙領圏内に住む9億を超える全ての日本臣民に向けて『偉大なる戦い』の開始が宣誓された。
臣民はそれを日章旭日の旗を大きく振り、万歳三唱で祝福する。
あぁ、軍靴の音が宇宙に響く。




