02話 不均衡な食事会
快晴の日差しにさらされ、赤いバイクのボディが照りつく。
「ウーバルジュラに来たならやっぱりあれを食べていかないともったいないですからね!恩を返させてもらいます!もちろん、これで返せる恩ではないと思ってますけどね!」
ミューランの一層元気な声が呼びかけてきた。見てるだけで元気になってしまうようなその溌剌さはさっきの時とは打って変わっていて、感情が豊かな人間だと改めて思うフェイルだった。
「カブルステーキか?ここら辺はうまいサボテンが生えていて特産物だってガイドブックに書いてあった。植物のステーキなんてあんまり美味しそうとは感じないが」
「いやーおしい!カブルを使った料理ってのは合ってますけど、ステーキよりも個人的に美味しいと思うのがあるんですよ!期待しててください」
そう言うとミューランはスピードを上げていく。エンジンの音に紛れてうっすらと腹の音が聞こえる。
自分の方が飯を求めてるんだな...
そんなことを感じるとともに期待を膨らませていく。ガイドブックでは紹介されてない食べ物か。楽しみだな。
4、5分バイクを走らせると薄汚れた壁だが装飾はそれなりにされている店が見えてくる。
「あそこです!食べたら好きなものランキングに必ず入りますよ!見た目があんまりなんで一見様は滅多に来ないんですよね...来るのは大抵この国の人しか来ませんね」
「確かに入りにくい様相ではあるけど、ガイドブックの人間はこういうところも取材に来るもんじゃ無いのか?」
「来てはいるんでしょうけどいかんせん客層が地元の人しかいないし、ガイドブック書くならやっぱり見た目が煌びやかなとこをおすすめしたいんですよ。人が入りやすいようなとこを」
こういうのは旅のいいところだ。本当に住んでいる人間からしか聞けないものが存在してる。見ただけじゃわからないものを知ることができる。災難もあったが、今日は運が回ってきてるらしい。
彼女に連れられて暖簾を分け、店に入る。
「いらっしゃーい!お、ミューランちゃんじゃねえか!今日は連れがいるのかい!席好きなとこ座って」
気の優しそうな恰幅のいい男の気持ちのいいくらいの元気な声が聞こえる。店内の様子はカウンターとテーブル席がある。客は二、三組入っており、料理を見て、匂い的にも中華なことがわかる。最近は中華しか食べてないな...おいしいからまあいいんだが。
ミューランに促され、テーブル席に座ると彼女がテーブルに設置されていたメニュー表を開いて手渡す。
「いつも来てくれてありがとうね。また、いつものでいいかい?」
男の奥さんであろう人がテーブルに水を持ってきてくれる。
「今日は初めての人がいるからゆっくり選ぶよ。ありがとね」
ミューランはそう奥さんに笑いかける。
「中華だと何が好き?わたしはいつもこのセットなんだよねーそれに単品でこれつけるの」
ミューランが選んでいるセットは天津飯にスープと副菜がついたものであった。そして、メニューを指し示したのに書いてあったのは、
「カブルまん...これが言ってたやつか」
「そう!これがカブル料理の中でもトップに君臨するほどのおいしさだと思うくらいに絶品なんですよ!」
なぜか自慢げに声高らかに喋る。すると、照れるなあと言いながら満面の笑みの親父さんの顔が窺える。
「頼むと三つ入ってるけど、全然ペロリといけちゃうよ。むしろ足りないくらいだから、一人一つ頼もう。あとは何にする?」
「じゃあこの焼飯、中華麺セットにしようか」
「わかった。すいませーん!」
店奥からはーい、と声が聞こえてきて奥さんが出てくる。先ほど決めた注文を伝えるとそそくさと厨房へ戻り、調理へと移っていった。
ミューランがこの店を好きなことがわかるように緊張の糸が完全に切れているのがわかる。完全にお客様対応の口調が抜けている。まあ、こちらの方が活き活きとしていて人間味がある。とフェイルが思っているとミューランが話しかけてくる。
「すいません。また気になったこと聞いてもいいですか?」
さっきとは違って随分と後ろめたそうにしている。
「ああ。大丈夫だよ」
優しい口調で答える。
「じゃあ、遠慮なく...あの、右腕どうかされたんですか?」
マントに隠された右腕を若干覗き込みながら、問いかける。
フェイルの右手にはアームカバーが装着されていた。
バイクに乗っていた時や自分が戦闘を行った時にマントが揺らいで少し見えてしまったのだろう。
「これは、昔に怪我をしてしまってね。醜い痕が残ってしまって、隠すためにしているだけなんだ」
そう言いながら、マントから腕を出して見せてくれる。
「すいません。何か嫌なこと思い出させちゃいましたか...?」
「気にしなくても大丈夫だ。この傷は自分のせいでこうなったからな。ある意味戒めみたいなものだ」
そう言いながら優しく微笑む。その笑顔は、ミューランにはひどく哀愁的に感じさせた。
また、右腕を少し見せた時にチラリと見えたものがあった。それは、鞘のようなものと銃のホルダーのようなのだった。決定的では無いが暗闇の中できらりと光ったように見えた鉄の重厚感のその絵面の強さと先ほどの騒動の彼の圧倒的な強さから良くない想像をしてしまい、聞きたくてもそれを口に出すことはなかった。
彼から視線を避けるように店内の上に設置されているテレビに目を向ける。
『明日からウーバルジュラでは建国祭が開催されます!建国祭前日であるにもかかわらず、この大賑わい!一週間をかけて行われるこの祭りは年に一度の大盛況になりますので、訪れる方は十分に気をつけてくださいね!さて、この建国祭では、国王の祝典や盛大なパレードをはじめ、出店やスペシャルな商品も取り揃えるとのことで、あそこのお店に早速伺ってみましょう!すいませーん!』
ニュースでも建国際のことについては取り立てて報道されている。あれは、西の方かな?あっちは高級店やリゾート施設が多いからたくさん特集されるんだよねーと思いながら、心を落ち着ける。
「そういえば、国王の祝典はいつ行われるんだ?」
ミューランは不意に聞かれて、少し焦ってしまう。
「明後日ですね。二日目」
「開催の日にやるんじゃないんだな」
「各国の偉い人が集まれる日で変わるみたいなんですよね。今年はその二日目になったらしいです」
「なるほど。いろんな特色がある中でも比較的珍しい国だから、外交関係はしっかりしてるのか」
そんなことを話していると厨房からせいろを持ってきた奥さんがやってきた。
「お待たせしました!先にカブルまんです!他の料理すぐ持ってきますので、待っててね!」
テーブルに置かれたせいろからは溢れんばかりの湯気と匂いが漂っていた。
「さあ、いきなり本命からですね。めっちゃ熱いんでやけどはしないようにしてくださいね」
「ああ。それじゃあ...いただきます」
その言葉とともに蓋を開ける。大量の湯気がフェイルの顔を覆い尽くす。豊満な香りにただならぬ充足感を感じる。湯気が顔を通り過ぎると艶やかで光沢がある白の中華まんが姿を現した。熱さを我慢しながら手に取り、口へと運ぶ。
入れた瞬間、豚の肉肉しさとカブルのジューシーさが口いっぱいに広がる。どちらの良さも引き立てる料理として完成されている。これはうまい。食べてないからともかくは言えないがステーキよりかはめっぽう美味いだろう。
「どうです?おいしいですか?」
彼女の方を見ると一つ目を食べ終わっており、二つ目の中華まんにかぶりつこうとしていた。
今の俺の一口の間に一個食べ終えたのか...!?こぶし三つ分くらいの大きさもあるんだぞ。餡もたっぷり入っていてどう考えても食べきれないと思うんだが...恐ろしい食いっぷりだな。
フェイルは気づかぬうちに自然と顔が引き攣っていた。ミューランは不思議に思いながらも食べる手を止めずにつぶらな瞳で彼の返答を待っていた。
「うん。これはすごく美味い。他の肉まんとは味の奥深さが段違いで、確かに唸らせる魅力がある。この国に来たら食べたくなる独特性がある」
「そこまで美味しいって言われると国民としてなんか鼻が高くなっちゃいますね。お口にあってよかったです」
と、ほおばりながら喋っている。
カブルまんを堪能していると頼んだ料理が続々運ばれてきた。机いっぱいに並べられた料理を二人は食べ進めていく。
ミューランはまるで男かのように豪快な食べ方で料理にがっつく。打って変わってフェイルは味わいながらも美味しさからの飢えを満たさんとするかのように食べるペースは普段よりも速くなっている。
やっぱりこの店のご飯は美味しい!やっぱりガッツリ食べるときはここしかないのよ!コスパも最高だし、親父さんも奥さんも気さくな人だし、さいっっこう!
そう感じながらガツガツ食べる。彼の方を見ると料理を食べながら、テレビに目を向けている。それに促されるように彼女も見てみる。
『カンデラル湾で行われた大規模な軍事作戦によりジャラグールは甚大な被害を受け、イヴェ リューエル ザラトクスラ国王は今の現状を許すわけにはいかない、こちらとしても屈服するつもりはなく、全面的に反抗の意思を見せるつもりである。と、明言しており、戦争は避けられない様子であることが示唆されています。
昨年ほどから周りの国々に対して攻撃を繰り返しながら、侵攻を進めているニューイジットはつい昨日トラスを陥落させ、勢力の拡大が顕著に見られます』
戦争のニュースか...近頃はこの話題でメディアは持ちきりだなあ。まさか一年も続くなんて、ニューイジットは別に一箇所だけを集中的に攻撃してるわけじゃ無くて、いろんなとこに攻撃してるのに全然侵攻が止まらないんだよねー。なのにどこも止める気配ないし、そこまででっかい国って印象なかったんだけどなー
「...まだやってるのか」
ぼそっと彼が口にだす。その声に連れられるように顔に眼を向ける。
彼の目にはさっきまでの光はなく、テレビを見ているのにどこかもっと奥にあるなにかを見通しているかのようであった。ここにいるはずの彼の意識が別のなにかに向けられているように感じ、ミューランは刹那に寒気を覚えた。
先程のことで彼の一瞬の別の姿に畏怖を覚えるようになってしまった。その感情を出すほどにリラックスしているのだとも捉えることができるのかもしれないが、知ってはいけないものを眼前に掲げられるのは気分は良くない。深く関わることのできない壁が確かに存在しているのを徐々に実感していった。
また、彼のほうをちらっと見ると無愛想な顔が丁寧に麺を啜っている。
「そんなに見られるとなんか食べにくいというか...それかなにか味見したいものでもあったか?」
「いえ!なんでもないです!大丈夫です!」
不意に声をかけられて、ミューランは少し張った声で返事をしてしまう。
ああ...変なことばっか考えてちゃいけないってば...フェイルさんにはフェイルさんの事情がある。それは私にだってあるし、極力避けれるようにしよう。もうあんな表情みたくないよ...
ミューランはそう心で決め、その誓いの印の勢いを表すかのように最後のカブルまんを一口で頬張る。
「むぐっ!ぐごご...」
勢いがありすぎて、普通に喉に詰まる。飲み込むために胸をどんどんと叩いていると、フェイルが水を注いで微笑んだ表情でコップを手渡す。
なにしてるんだ...まあ、そんだけ美味しい食事だということも頷ける。いい環境だな。食文化も豊かで活気もある。人がこんなに訪れるほどの観光地になるのも明らかだ。ただまだ調べてないことがある。こっちが問題じゃないとなると...
「すいません...ありがとうございます」
フェイルが考え事をしていると、掠れた声が聞こえる。ミューランのほうを見ると、少し涙を垂らしながらまだ少し咳き込んでいる。
「まだ時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりで大丈夫だ」
そんな他愛もない会話をしながら、食事を楽しむ。この国のことを聞きながら、フェイルはソウルフードを堪能した。
「本当にいいのか...?自分で食べた分は全然払えるぞ?」
「何度も言ってますけど、私は助けられたんですよ。これっぽち、どうってことないですよ!」
二人はレジ前でそんな問答を繰り返す。厨房から奥さんが会計をしにやってきた。ミューランは譲る気はなさそうだ。する奥から親父さんの声が聞こえてきた。
「いつもありがとうね!今日はお連れの方も呼んでくれたし、少し割引しといてくれよ!」
「言われなくってもそうするつもりだったよ!いつもありがとうねえミューランちゃん。今後ともご贔屓にね」
「いいんですか?そんな大層なことしてないのに」
「いいのよ。またいつでも食べにきてね。お連れさんも」
そう言われて、フェイルは微笑みながら軽く会釈する。
「ほんとすいません。また来ますから!ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
二人はそう言いながら店を出た。店の外はあいも変わらず、人の活気が感じられる喧騒が聞こえる。時刻は昼時を過ぎたあたりだろうか。太陽がまだ照りついている。
ミューランは満腹なこともあり、少し眠気が漂ってきた。ぼーっとするほど心地よい。それを振り払うかの如く背伸びして気を引き締めて、フェイルに声をかける。
「それじゃあ行きましょうか」
「ああ、引き続きよろしく」
二人はバイクに乗り、図書館へ向けて店をあとにするのだった。




