第3章裏道の罠~「この先は崩落です」と少女は笑った~
私たち長距離トラック運転手の間で、昔から言い伝えられているタブーがある。夜の見知らぬ山道で、路肩にヒッチハイカーがいたら、決して車を止めるな。さもないと……
私は実際に、そんな出来事に遭遇したことがある。
「クソッ……!」
傘をさし、罵りながら車を降りた。懐中電灯の光で車体の周りを確認するが、雨はますます激しくなるばかり。傘など意味がなく、あっという間に半身がびしょ濡れだ。
「どうだった?」
車に戻ると、顧小曼が気まずそうに聞いてきた。
「左後輪が泥にはまってる。もう動けない」
「マジで……?」
「こんな豪雨じゃ、どうしようもない」
ため息をつき、窓の外を見渡す。私たちは今、山あいの盆地のような場所にいた。周囲には暗闇しかなく、車はまるで夜の海に浮かぶ小舟のようだ。携帯の電波も通じず、現在地すらわからない。
「圏外……? おい、ナビもダメか?」
顧小曼も必死にスマホを振り回すが、やがて諦めたように肩を落とした。
「……ここで一夜を明かすしかなさそうだ」
時計を見れば、まだ夜の9時過ぎ。雨が止まない限り、脱出は不可能だ。
彼女は不安げに窓の外を見つめ、次に私を疑わしそうに見る。
「おいおい」私は両手を上げて笑った。「車を止めたのは君だし、道案内も君だったろ? 俺は悪くないぜ」
「でも止めたのはあなたよ! 止めなければ泥にはまらなかったじゃない!」
「まあまあ、責め合っても仕方ない。どうする? このまま車中泊か?」
「それって……どういうこと?」
彼女は急に服の襟元を押さえた。さっきまで私に胸を触らせた豪胆さはどこへやら。
「…………」
私は意味深に彼女の胸元を見つめ、ゴクリと唾を飲む。
「きゃあ! やっぱり変態! 襲わないでよね!?」
「はあ……」
呆れてシガーライターの明かりだけ残し、室内灯を消した。
「暗くするの!?」
「バッテリーが持たねえよ」
ジャケットを羽織り、シートに寄りかかる。一日中運転した疲れがどっと押し寄せてきた。
「寝ないで……怖いから」
ダッシュボードのわずかな明かりに、顧小曼が腕を抱えて震えているのが見える。
「お願い、話し相手になってよ……」
私は窓の方に向き直った。
シートがきしむ音がして、ふと温もりが近づいてきた。
「……李莉の話、続きを聞かせて」
甘い香りが濃くなり、彼女の吐息が耳元に触れる。
「あなた、李莉の高校時代の彼氏知ってるでしょ?」
「…………」
「彼、李莉を妊娠させて捨てたの。それから町中の笑い者にされて……」
「は!? 誰がそんなデタラメを!」
思わず起き上がると、顧小曼は悪戯っぽく笑った。
「まさか、その『彼氏』ってあなた?」
「違う!」
また寝転ぶと、今度は彼女が体を寄せてきた。
「ちょっと詰めてよ。私も横になりたい」
薄い服越しに、柔らかな体温が伝わってくる。
(ついさっきまで警戒してたくせに……)
彼女は私のジャケットを半分奪い、自分にも掛けた。ぎゅうぎゅう詰めのシートで、彼女の細い体が密着する。
(……小さいくせに、胸だけはすごいな)
ぼんやり考えていると、また耳元で囁かれた。
「本当に張斌じゃないの? あなたの村の……」
「…………」
「ただの雑談よ? なんでそんなに動揺するの?」
「俺は張志強だ。張斌とは知り合いだが……それだけだ」
彼女の狡そうな笑みに、ふと記憶がよみがえる。
(……誰かに、こんな風に見られたことがあったっけ?)
しかし思い出せない。窓の外の闇を見つめながら、ため息をついた。
「……話してあげる」
「え?」
「面白い話だ。聞きたいか?」
彼女の目がキラリと光った。
「もちろん! どんな話?」
私はゆっくりと語り始めた――
(次回へ続く)