後悔はない。貴方への愛はもう無いの。二度と婚約は結ばないわ。
「アメーリア・ブルク公爵令嬢。そなたとの婚約を破棄する」
とある日、アメーリアはいきなり屋敷へ押し掛けてきたヘデル王太子から、婚約破棄を言われた。
父であるブルク公爵は客間で、いきなり叫ぶヘデル王太子に向かって、
「我が娘に至らないところがありましたかな?」
ヘデル王太子は吐き捨てるように、
「私との交流をおざなりにし、この女は戦場まで出向き、王都を留守にし、戻ってこなかったではないか。3年だぞ。3年、王太子妃教育も受けず、前線へ。私の婚約者として、ふさわしくない。それに比べて、イレーヌはなんて、素晴らしいんだ」
アメーリアと共に部屋に入って来たイレーヌ。アメーリアは銀の髪に碧い瞳の歳はヘデル王太子と同じ20歳。イレーヌは18歳。同じく銀の髪に碧い瞳の令嬢だが、アメーリアより美人だった。
イレーヌはヘデル王太子に近づいて、その隣に腰かけて、アメーリアの方を見てせせら笑う。
「お姉様が王太子妃教育を受けないものですから、わたくしが代わりに受けておいてよかったですわ。お姉様は王都に戻って来ないのですもの。仕方ないですわね」
アメーリアは、ヘデル王太子殿下に向かって、
「婚約破棄承りました。代わりにイレーヌと婚約するのでしょうか」
父であるブルク公爵は、
「それがいい。それが。イレーヌと婚約ですよね?王太子殿下」
ヘデル王太子はイレーヌの腰を引き寄せて、
「その為に、王太子妃教育もアメーリアの代わりに受けさせたのだ。愛しいイレーヌ。未来の王妃はそなたしかいない」
「嬉しいですわ。ヘデル様」
アメーリアは優雅にカーテシーをし、
「婚約破棄、了承致しました」
婚約破棄を受けざる得なかった。
部屋に戻って、どさっとベッドに寝転がった。
「わたくしに癒しの力があるからって、前線に行けって言ったのはどこのどいつよ」
国王陛下から王命が出て、父ブルク公爵も、前線で役に立って来いと、癒しの力があるアメーリアを馬車に押し込み送り出したのだ。
この王国の山には悪さをする邪竜が数匹住み着いていて、時々、山から下りて来て、人を食らうのだ。
山との境界が前線と言われている。
だから、退治する為、数千人の騎士団が送り込まれ、邪竜退治に乗り出した。
しかし、邪竜は強く、けが人が続出する。
だから、癒しの力を持つ女性達が前線に20人送られることとなった。
癒しの力。その力である程度の怪我は治せるのだ。
邪竜は強く、討伐する騎士団員達はてこずった。それでも、半年かかって邪竜を退治したのだ。
だが、今度は隣国が隙を見て攻め込んで来た。
国境で緊張状態が続き、時々、戦いが勃発し、余計、癒しのアメーリアや他の女性達も、王都へ戻れなくなった。
騎士団長のエルドレッドは、そんな女性達にいつも、労いの言葉をかけてくれる。
他の騎士団員達が悪さをしないように、しっかりと女性達を隔離し、安全を保障してくれた。
そんな中でも事件が勃発することがある。
アメーリアが数人の騎士団員達に襲われそうになったのだ。
騎士団員はほとんどが男で、女性は少ない。
その女性達もものすごく強い。
男どもは長い戦の中、女が欲しくなる。
しかし、欲を受け止めてくれる女がいないのだ。
だから、中には癒しの女性達を狙う男達がいる。
アメーリアを助けてくれたのが、騎士団長エルドレッドで、不埒な事をしようとした騎士団員数名は、その場で首を刎ね飛ばされた。
「有難うございます。助かりましたわ」
「こちらこそ、いつも助かっている。ブルク公爵令嬢や他の女性達のお陰で、怪我をしても回復して貰えるから、私達は助かっているのだ。そんな女性達を性の対象にするとは、首を刎ねて当然だ」
エルドレッド騎士団長が守ってくれるとはいえ、本当に過酷な3年間だった。
女性達は皆、必死に力を使い、騎士団員達の怪我を癒して、やっと隣国との和平が結ばれて、王都に帰って来たアメーリア。
いつの間にか、妹のイレーヌが、王太子妃教育を受けて、自分は婚約破棄をされ、ヘデル王太子から捨てられた。
悔しかった。王命だから、三年間、頑張ったのに。
王都に帰れなかったのは、帰ることが出来なかったからなのに。
自分は捨てられたのだ。
三年間の苦労のせいで、美しかった銀の髪は、ぱさぱさになり、白かった肌は日に焼けてしまった。
これからどうしたらいいの?
婚約破棄をされた令嬢なんて、だれも結婚してくれないわ。
アメーリアは涙を流すのであった。
そんな中、王宮で開かれる夜会に招待された。
イレーヌはこれ見よがしに、高価な桃色のドレスを着て、首飾りや指輪をゴテゴテと着けて、
「わたくし、婚約者として正式に今夜の夜会で発表して下さるんですって。ああ、楽しみだわ。わたくしの美しさに皆、うっとりと見惚れるでしょう。お姉様ったら本当に醜くて。でも、お姉様にも祝って欲しいわ。だから、夜会に行きましょう。一人寂しく壁際に立っているなんて、なんて可哀そうなのでしょうね」
夜会に行かないわけにはいかない。招待状が来ているのだ。
父、ブルク公爵は、
「お前もしっかり着飾って行くがいい。エスコート?私はしないぞ。お前のようなみっともない娘のエスコートをしたら、私が笑われる。私はマリー伯爵夫人のエスコートを頼まれているのでな」
母は遠い昔に亡くなっていて、父は色々な女性と浮名を流している。
大嫌いな父。アメーリアの肌の色と、ぱさぱさの髪は手入れをしても、元には戻らない。
元は白い肌で、美しい艶々な銀の髪だったのに。
一人で水色のドレスに身を包み、夜会に出席すれば、
ヘデル王太子殿下にエスコートされた妹のイレーヌが現れて、
ヘデル王太子は、
「わたしはイレーヌ・ブルク公爵令嬢と婚約を結ぶ事にした。皆、祝ってくれ」
皆、拍手をし、二人を祝う。
壁際に立ち、一人その様子を眺めるアメーリア。
惨めだった。悲しかった。あの場所は自分の場所。
王命で前線に行かなかったら、ヘデル王太子の隣にいたのは自分なのだ。
ヘデル王太子は金髪に碧い瞳、整った容姿で背が高くとても美しい王太子である。
歳はアメーリアと同い歳の20歳。
5年前に婚約を結んだ時、彼はとても優しくアメーリアに接してくれた。
綺麗な薔薇の花束をプレゼントしてくれたり、週に一度の茶会ではお互い、楽しく話をしたものである。
それなのに、あっさりと自分を捨てたヘデル王太子。
好きだったのかと……例え、政略でも好きだったのかと聞かれれば、
胸が痛んで。
わたくしはあの方が好きだったのだわ。
前線で邪竜や隣国の兵と戦って、傷だらけの騎士団員達に癒しの力を使って、くたくたになった時も、いつか王都に戻ることが出来ると信じて。
手紙一つ、ヘデル王太子殿下は送ってこなかったけれども、こちらからも、手紙を書く余裕がなかったけれども、きっと彼は待ってくれると信じて。
でも、彼はとっくに自分を見限って、イレーヌに乗り換えていたのだ。
周りもそう……何の為に国の為に頑張って来たと言うの?
ヘデル王太子とイレーヌがダンスを踊っている。
とても桃色のドレスが綺麗なイレーヌ。
美しい二人はお似合いのカップルで。
涙で霞んで見える。
胸がとても痛んだ。
ふと、声をかけられた。
「ブルク公爵令嬢。貴方も出席なさっていたとは」
騎士団長エルドレッドが声をかけてきた。
歳は27歳。金髪碧眼の彼もまた、美しい男だった。
長い間、前線に居たせいで、彼も日焼けをし、髪を短く刈っていた。
「エルドレッド騎士団長様。再びお会いできて光栄ですわ」
「貴方には随分と助けられました。妹君が王太子殿下の婚約者に変更になったのですね?」
「わたくしは婚約破棄されましたわ。三年も王都を留守にしていたのですもの」
「でしたら、私が婚約を申し込んでも良いわけですね。戦は終わって、私はハンデル公爵の爵位を継いで騎士団長を下りました。和平もなって平和になりましたから、いい加減に爵位を継げと父に言われましてね。貴方さえよろしければ、私の妻になって頂けませんか」
「わたくしでよろしいのですか?わたくしはこの通り、美しくもなくて」
「ああ、この三年間、随分苦労させてしまいました。私だってこの通り、貴方と一緒で日に焼けて。私達の姿は王国を守った勲章ですよ。誇りに思った方がいい。私は懸命に騎士団の為に働いてくれた貴方がいつの間にか好ましく思っておりました。王太子殿下の婚約者でなければと何度思ったことか」
嬉しかった。エルドレッドが自分の事をしっかりと見ていたのだ。
「有難うございます。この婚約、受けたいと思いますわ。わたくしは婚約破棄をされた女。良い嫁ぎ先もないのでしょうから、父も反対はしないでしょう」
「ああ、とても嬉しい」
エルドレッドは跪いて、手の甲に口づけを落とし、
「改めて、私と婚約をして下さい。一生、貴方だけを愛しましょう」
「わたくしも貴方だけを愛しますわ」
幸せを感じた。
「お姉様がハンデル公爵夫人になるだなんて」
父に報告したら、イレーヌが不服そうな声を上げた。
父、ブルク公爵は、
「ハンデル公爵と縁続きになるだなんて有難い。お前のような娘を貰ってくれるとは」
イレーヌが叫ぶ。
「わたくしは反対よ。お姉様は美しくないわ。こんな日焼けをして、髪だってぱさぱさ。お姉様は公爵夫人になんてなるべきではないわ。お姉様はそうね。うんと歳の離れた男の後妻になればいいのよ。それがお姉様に似合っているわ」
酷い事を言うイレーヌに、アメーリアは毅然とした口調で、
「貴方にわたくしの嫁ぎ先を決める権利はないわ。わたくしはハンデル公爵家に嫁ぎます」
「でしたら、わたくしが先々王妃になった時は、お姉様を社交界で無視するわ。当然でしょう?こんな酷い姿のお姉様がわたくしのお姉様だって。ハンデル公爵夫人だなんて。やめてよ。お姉様は歳の離れた男の後妻になって、二度と社交界に現れないで頂戴」
イレーヌは未来の王国の王妃である。
アメーリアは悩んだ。
このままではエルドレッドに迷惑をかけてしまう。
社交界で王妃に睨まれた公爵夫人だなんて。
エルドレッドにアメーリアは手紙で相談した。
エルドレッドはハンデル公爵家にアメーリアを招いて、自分の母に引き合わせた。
母である前ハンデル公爵夫人は、品のある夫人で、
「貴方には息子がお世話になったと聞いております。貴方達、癒しの方々がいなかったら、息子は生きて帰って来られたか。本当に感謝しておりますわ。社交界の事はわたくしに任せて頂戴。わたくしの怖さを知らしめてやりますわ」
ハンデル前公爵夫人は顔が広い。ものすごく広い。
ハンデル前公爵夫人は、社交界でイレーヌの悪口を思いっきり広めまくった。
イレーヌは贅沢好きの令嬢である。
ブルク公爵家でも欲しい物は我慢しないで買いまくって、ヘデル王太子にもいろいろとプレゼントを強請りまくって、ものすごい贅沢が好きだ。
夜会に出席しても、高そうなアクセサリーを沢山着けて、豪華なドレスを着て出席する。
ヘデル王太子の婚約者の令嬢は贅沢好きだ。
この噂はあっと言う間に広まった。
この王国では品の良いオシャレが好まれる。
品が悪い女と社交界で認定されたのだ。
前ハンデル公爵夫人は社交界で、友達が多い。
皆、ハンデル公爵夫人にならってイレーヌと対する時は、
「まぁ、ブルク公爵令嬢様。あまりにもそのアクセサリーは高すぎません?こんな沢山つけてなんて品がない」
「本当に。アメーリア様は、前線でハンデル公爵様を健気に支えたお方と言うではありませんか。その妹君がこのような」
「見かけだけは美しいのに、心根がねぇ……こんな贅沢好きの未来の王妃様でこの王国が心配ですわ」
皆、アメーリアの傍にいてくれて、味方をしてくれるのだ。
イレーヌは怒り狂った。
「わたくしを貶めるお前らなんて、皆、わたくしが王妃になったら、破滅させてやるわ。一人残らず」
そう、喚き、叫んだ。
イレーヌは近衛騎士達に拘束されて、奥へ連れて行かれた。
ヘデル王太子が、悪口を言っていた女性達やアメーリア。ハンデル前公爵夫人の前で、
「イレーヌは私の婚約者。先行き、王妃になる女性だ。不敬だぞ」
ハンデル前公爵夫人は、
「我が王国の貴族は贅沢を好みませんのよ。それなのに、品のない女を婚約者にしたのはどなた?我がハンデル公爵家は王家を支持致しませんわ」
はっきりと、王家に喧嘩を売るようなことを前公爵夫人は宣言する。
ヘデル王太子は何か言おうとしたが、ハンデル公爵は王国の英雄だ。
そのハンデル公爵家を処罰する訳にはいかない。
黙りこくるしかなかった。
イレーヌの社交界の悪評に、ついに王妃が動き出した。
「ブルク公爵令嬢は婚約者にふさわしくないのでは?」
ヘデル王太子は必死に、
「イレーヌは贅沢好きかもしれません。でも、未来の王妃ならば」
「未来の王妃だからこそ、贅沢好きでは困るのよ。お前との婚約、考え直した方がよさそうね」
「しかし、母上」
「イレーヌと結婚したいのなら、お前が王太子を下りなさい。よいですね」
ヘデル王太子は、あっさりとイレーヌを見捨てた。
アメーリアはイレーヌに逆恨みされた。
「お姉様のせいで、わたくしは婚約破棄されたのよ。全てお姉様のせいよ。お姉様だけ幸せになるだなんて許せない」
掴みかかってきたので、使用人皆で取り押さえて、イレーヌを部屋に閉じ込めた。
ブルク公爵は頭を抱えて、
「イレーヌは一生、閉じ込めて過ごさせるしかないな。甘やかしすぎた。お前には迷惑をかけたな」
と、初めてアメーリアは父に謝られた。
イレーヌの事はもうどうしようもない。
そんな中、ヘデル王太子殿下に王宮で呼び出された。
「復縁してやる。お前のような醜い女でも、我慢してやる」
「何を言っておられるのです?わたくしはハンデル公爵と婚約を結んでおりますわ」
「社交界でお前の評判が良いと聞いた。母上もお前なら文句は言うまい。誰も私と婚約を結びたがらないのだ」
ヘデル王太子の評判は地の底まで落ちている。
贅沢好きなイレーヌをあっさり捨てて、英雄の力になったアメーリアを捨てただけでも、評判は悪いのに。
評判のいいアメーリアと再び婚約を結んで、自らの評判を上げたいのだろう。
アメーリアはきっぱりと、
「わたくしはもう、婚約者のいる身です。ハンデル公爵様と婚約出来てとても幸せですわ」
「だったら、王太子命だ。私と再婚約しろ」
「お断りいたします」
「私の事を愛していたではないのか?ずっと親しくしてきたのだろう?」
「三年間で、わたくし達の心は離れてしまいましたわ。イレーヌがお好きなのでしょう?だったらイレーヌと寄りを戻して下さいませ」
「誰があんな女。あの女と再婚約したら母上が、許さないと。私は王太子を下りねばならぬ」
何て発言なのだろう。イレーヌを愛していたのではないのか?
「わたくしにだって、イレーヌにだって心はありますのよ。その心を踏みにじる王太子殿下。民の上に立つ資格があるとは思えませんわ。わたくしは二度と貴方様とは婚約を結びません。例え、首が刎ねられようと、お断り致しますわ」
後悔はない。貴方への愛はもう無いの。二度と婚約は結ばないわ。
背を向けた。
ヘデル王太子が叫んだ。
「お前は私の言う事を聞けばいいんだっ」
ぐわしっ。
その音に振り向くと、ガタイの良い護衛騎士達が両側から、ヘデル王太子を拘束していた。
「大丈夫ですか?王太子殿下は錯乱しているようだ」
「我々が拘束致しましたから」
「有難うございます」
ヘデル王太子はガタイの良いムキムキな護衛騎士達に連れて行かれた。
後に彼は王太子の位を下ろされて、弟の第二王子が王太子になったと聞いた。
ヘデルは、どうなったのか。
彼は廃籍されて、その後どうなったのか?定かではない。
美男を餌食にする某騎士団で彼によく似た美男を見たとか見なかったとか……
イレーヌは二度と、アメーリアと会う事は無かった。
領地の小さな屋敷に押し込められ、外に出して貰う事は無かったからだ。
アメーリアは幸せだ。
ハンデル公爵家に住み、前ハンデル公爵夫妻にも可愛がられて、
エルドレッドは毎日、アメーリアに愛を囁いてくる。
「愛しているよ。アメーリア」
「わたくしもですわ。エルドレッド様」
その後、アメーリアはエルドレッドと結婚し、二人の息子に恵まれて、幸せに暮らしたと言われている。