逃げの一手
ギルドに着くと、真っ直ぐ応接室へと案内された。ゆったりとしたソファに掛かるよう促され、大人しく腰を下ろす。女性職員がティーカップを机に置いて退室すると、シトロンがおもむろに話し始めた。
「本日はこちらの都合で突然お呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
頭を下げたシトロンに、思わず『あ、無理矢理ってことは自覚してたのか』と心の中でツッコミを入れてしまう。
「もちろん、無理矢理連れてきてしまったことは自覚しています」
……顔に出てしまっていたようだ。
ザクロは誤魔化すように一つ咳払いをすると、シトロンに向き直った。
「それで局長さんなんて偉い方が、一介の薬屋になんの御用なんでしょうか?」
「シトロンで結構ですよ、スプルースさん。この度、貴方においで願ったのは他でもありません。ポーションについてです」
つい最近、聞いたワードだ。そして、自分が避けてきたワードでもある。
「単刀直入に申し上げます。ポーション作成をギルドとして、スプルースさんに依頼します」
その笑顔、女性に向けたらイチコロだなぁ、などと現実逃避をし始めそうな思考を無理矢理引き戻す。
「待ってください!うちの店にいらしたならわかるでしょう? うちは軟膏や風邪薬なんかの飲み薬を扱っている極々普通の薬屋ですよ。客層も街の一般市民の方々です!」
とにかく作りたくない!という気持ちが強いザクロとしては、ここはなんとか乗り越えなくてはいけない。いかに自分も店も、ポーションを売るような存在ではないと言うことを切々と訴える。それに、ザクロはポーションを作らなくてもいいように、あれこれ計画して店を開いたのだ。ここで自分の理想の暮らしを断念してなるものかと、ザクロの訴えは続く。
「それに、うちの店の登録は【下級薬師】ですよ?ポーションの作成、販売は中級からという決まりがあります。依頼も何も、そもそもおれは該当者ではないんですよ!」
そう、これがザクロの必殺技ならぬ断り文句だったのだ。
ここ迷宮都市に店を出す際、ギルドに営業許可申請をする必要がある。その時、ザクロはふと思った。一人で全てやらねばならないなら、素材採集はどうするのか、と。今まではその名の通り、保護者同伴で行っていた素材採集も、今後は自分一人で行かねばならない。しかし、ポーション作成に必要な素材の一部は、どうしても迷宮に取りに行かなければ手に入らない。
Cランクならば迷宮に入ることは問題ないのだが、自分は名ばかりのCランクだ。なんなら戦闘に関してはFランクと言っていい。入ってすぐあの世へ行く自信がある。
そしてザクロが出した答えが、『下級薬師として営業許可を取る』ということだった。資格証はそれぞれの級ごとに発行されるため、下級、中級、上級と手元にある。普通は一番良い証書を提出するところだが、ザクロは下級を提出した。証書が本物であれば問題ないので、詮索されることはない。
「ご期待に添えず申し訳ないです。他の方にご依頼ください」
シトロンに負けない笑顔で、ザクロはしっかりはっきり断った。
眠い時が一番話が浮かぶのは何ででしょう……眠いのに……。