エンパク商店
店に帰ると、カウンター後ろにある扉を開ける。中は六畳ほどの広さで、小さなキッチンと二人掛けのテーブル、調合器具と素材置き場の棚が並んでいる。正直工房としては手狭ではあるが、たった一人で使う分には、欲しいものにすぐ手が届くその便利さをザクロは気に入っている。
マジックバックを開け、採取した素材を棚にしまっていく。凍結魔法はそのままにしておく。そうすることで新鮮な状態で薬を作成することができ、効能も高くなるのだ。
荷物を整頓し終わると、再びマジックバッグを手に取り、今度は街に出掛けていく。行き先は街一番の市場である。肉や魚、野菜や果物などの食料がメインだが、アクセサリーなどの雑貨屋もある。ザクロが足を向けたのは、市場の端に店を構えるエンパク商店。中に入ると、店内には綺麗なガラス細工で溢れている。それには一切目もくれず、ザクロはカウンター奥に向かって声を掛けた。
「セキさん!客ですよ!」
その声に奥から「ん?」と反応が返ってくる。奥から出てきたのは、焼けた肌に逞しい筋肉のついた中年の男だ。髪は白髪ではあるが、けして老いた印象は与えない。ザクロに目を向けると、ニカっと笑い話し掛けた。
「おぉ!ザクロじゃねぇか! いやぁ、いつぶりだ?」
「前回来たのが二ヶ月くらい前ですから、それ以来ですね」
男の名はセキ・エンパク。ここエンパク商店の店主であり、ガラス職人でもある。店に並ぶ様々な作品は全て彼の手作りだ。ザクロが迷宮都市に店を構えてからの付き合いのため、およそ5年程になるだろうか。まるで親戚のような会話をしつつ、ザクロは早速要件を話す。
「薬瓶がそろそろ無くなりそうなので、注文したいんですが」
「それは構わねぇぜ。注文数と納品期日は?」
「軟膏用の瓶を50、薬液用の瓶を100お願いします。今月末を期日とさせてください。軟膏用を優先して納品して頂けると助かるんですが」
「OKだ! ちなみに前回の注文で作った余りがそれぞれ10あるが、先に持っていくか?」
「助かります。じゃあ、そっちはここで先に会計させてください」
セキは工房から薬瓶の入った木箱を持ってくると、数を確かめる。
「……8、9、10と。作るもんはこれと同じ形でいいんだろ?」
「はい、いつも通りで」
「んじゃ、先渡し分だけ貰っとくぜ。合わせて大銅貨6枚だな」
代金を支払うとマジックバッグを取り出し、薬瓶をしまう。
「なぁ……ポーション作んねぇの?お前」
この店に来る度に聞くセキのぼやき。ザクロがこの街に来たのは、母とセキに繋がりがあり、知り合いがいた方が何かと安心だろうという母の気遣いからだった。そのため、セキはザクロがポーション作成ができることを知っている。ポーション瓶は他の薬瓶とは違い、少し割高だ。理由としては、高い効能を保持するため特別な材料をガラスに練り込む必要があるからである。セキとしても、売上に直結するため、ポーション作成を会う度に促してくるのである。
ザクロは『またか…』と思いながら、毎度同じ返しをする。
「作りませんよ……大通りの店からも注文入ってるんでしょ? おれが作んなくったって十分設けてるじゃないですか?」
「あいつらの作ってるレベル知ってて言ってるかぁ、お前? 低級ポーション止まりだぞ。迷宮に入っていく冒険者はほとんど買っていかねぇよ」
「……は?」
予想外の話に思わず声が漏れる。おかしい、この街に来た時には中級程度のポーションも置かれていたはずだ。他店の様子に全く興味がなかったが故に、市場調査を怠っていた。
「5年前は売ってましたよね?セキさんが街を案内してくれた時に、確かに見ましたよ」
「お前はいつの話をしてんだ!5年も経ちゃ街も変わる。しかも、あの当時売っていたポーションはこの街の職人のもんじゃねぇよ。お前の故郷の薬師が、1年くらい滞在していた時に作って売ってたもんだ」
それは知らなかった。確かに自分の故郷は薬師になるものが多い。ただし、薬師を本業としてない者も多く、恐らくその薬師も旅の途中で金を稼ぐために作ったのだろう。
「ま、そういうわけだから、そろそろ腹括ってくれや。ギルドも勧誘はしているらしいが、薬師ってのは土地を決めると中々動きゃしねぇから、こんなに稼げる迷宮都市でも興味を持たねぇ。だからこの街で中級以上のポーションを作れるのは、実質お前さんだけってこと」
……え、嫌なんですけど。
お金の価値を決めるのに、アホみたいに悩みました。みんなすごいなぁ……。