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薬屋【アネモネ】  作者: 末畠ふゆ
第一部
35/37

ありがとね




 ふと気付くと、空がだんだん暗くなっている。どうやら、久々にのんびりと薬を作っていられることが嬉しくて、集中しすぎていたらしい。

 工房に篭ってどれくらい経っただろうか。ふと時間を見ると、とうに5時間は経っていた。



「やばっ!」



 ザクロは慌てて作業を中断し、店舗スペースへ続く扉に向かう。

 自分だけならなんとも思わないのだが、今日からはセレスティンもいる。朝から買い出しやら何やらで目一杯働かせてしまっており、時間的に見たら残業だ。



 扉を開けると、案の定、セレスティンもザクロ同様、作業に没頭していた。目は真剣で、『あんな顔も出来るのか』と思ってしまう。「高さが…」や「色合い的に…」など呟きながら、室内のあちこちを歩き回っている。




「って、そうじゃない!! セレスちゃん! 時間!!」



 ザクロは慌ててセレスティンに声を掛ける。大きな声に、セレスティンも驚いたようにザクロの方に顔を向け、「時間?」と聞き返して空を見た。

 作業をし始めた時は高くあった太陽が、ほとんど沈みかけている。


「ごめんね! 薬作ってたら、時間忘れてた!」

「いえ! 私もすっかり熱中してしまっていて」


 ザクロの謝罪に、首を横にブンブン振りながらセレスティンは否定してくれる。



 これは本当に反省しなくては。初日から時間外労働なんて、辞める原因としては十分だ。



 ザクロが、項垂れていると、セレスティンが遠慮がちに声を掛けてきた。


「店長、どうですか?」

「え?」

「まだ完成ではありませんが、こんな感じになりました!」


 そう言われて店内を見渡すと、なんともファンシーな世界が出来上がっていた。言うなれば、日中行ったぬいぐるみ雑貨店のような雰囲気だ。可愛らしい、女の子らしい空間。女性客からのウケはとてもいいだろう。対して男性客は……入りづらくないか。店長の自分ですら入りづらいぞ、これは。


 先ほどまでは、時間のことやセレスティンの働く様子に目が行っていて、周りののものが視界に入っていなかったため気付かなかった。むしろ、よく気付かなかったと思う。



 ふと視線を感じて目を向けると、期待と不安が入り混じった表情のセレスティンがいた。




 ………これは……どうするべきなんだ…………。




 返答に詰まっていると、セレスティンの表情が次第に暗くなっていく。これは早く何かを言わなくてはいけない。



「い、いいんじゃないかな? かわいくて…」


「ほ、本当ですか!?」



 ザクロの一言で、セレスティンの顔がパッと明るくなる。ホッとするような、困ったような……。



「わたし、こういった飾り付けって、ほとんどしたことがなくて。でも、今日いろんなお店を見て回ったこともあって、とっても参考になりました!」



 あ、やっぱり。



 嬉しそうに話しているが、客層は多岐に渡る。先ほど『完成していない』と言っていたのなら、ここからさらに盛られる可能性は大だ。

 冒険者の大半は屈強な男達。このままでは、店に入りづらいと苦情がくること請け合いだ。



「あの、さ。まだ完成じゃないんだよね?」

「はい! もう少し、華やかにしようと思っています!」



 これ以上華やかになったら困る。ひじょーーーに困る。

 ここは、心を鬼にして暴走もといやる気に歯止めを掛けねばなるまい。



「セレスちゃん、とってもかわいいんだけどさ。その、男の人もお店に来るから、どんな人でも入りやすい方がいいかなぁ〜、なんて思うんだけど、どう?」

「入りやすさ、ですか?」

「この雰囲気は、これでいいと思うんだ。女の人だったり、可愛いものが好きな人だったりにとってはね。でも、冒険者は屈強な男も多いから、そんな人がこの店にいるって違和感すごくない?」



 ザクロの例えを頭の中で想像したのか、セレスティンの顔がやや曇る。


「確かに、見たら戸惑いますね」

「でしょ? 可愛いのはこのくらいにして、残りは男性客の入りやすさに振ってみて欲しいんだ」


 ザクロの提案に頷きを返し、そしてまた申し訳なさそうな顔をする。


「わかりました。すみません、店長。私の考えが至らないばかりに……」



 暗く沈んでいきそうなセレスティン。どうやら彼女は、思い込んだらどこまでも行ってしまうタイプなのかも

しれない。早く引き上げねば、と、ザクロは声を掛けた。



「いや、おれの方こそ任せっきりになっちゃって。時間も過ぎちゃってるから、明日は昼からにしよう。まだ準備期間はあるから、焦る必要はないよ」

「……はい」



 落ち込んで入るが、返事は返ってきた。『焦る必要はない』と偉そうに人に言える状態ではないが、彼女には必要な声掛けだろう。今の彼女には成功体験が必要だ。自信を付けるには、それが一番手っ取り早い。



「おれ1人だったら無理だったよ! インテリアとかわかんないからさ。ありがとね」



 ザクロの言葉に、パッと顔を上げるセレスティンの目には少しの涙が浮かんでいた。それでも、その後聞こえた返事には明るさが戻っていた。




専門職だろうとなんだろうと、新卒や自分に自信のない人は誉めて認めていった方がいいと思うのです。

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