異世界
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願い致します!!」
2人しかいない店内で、改まった挨拶を交わす。
セレスティンの初出勤は、こうして幕を開けた。
「まぁ、昨日の今日だから、あんまり実感ないけどね」
「いえ! が、頑張ります!!」
後ろ頭を掻きながら話すザクロに対して、セレスティンは相変わらず緊張気味だ。早く慣れてもらえるといいのだが、長い目で見ていくこととしよう。
今日の予定は、店舗スペース作りだ。
元々あったカウンターと棚以外は何もなく、全体的に殺風景な印象だ。小さな店なら、薬を並べるくらいでどうとでもなるのだが、店が広いとそういう訳にはいかない。その上、従業員が2人しかいないため、店舗スペース全てを使おうとすると手が回らない。そのため、使うスペースと使わないスペースを決めて、使わないスペースを隠す必要がある。
とまぁ、1日では到底無理な作業なので、日を分けて作業を行なっていくことにした。もちろん、薬の作成も小分けにしていく必要があるので、元の店舗を知っているセレスティンに店舗部分のおおまかを任せることになっている。
「とりあえず……どこで会計する?」
必要な道具を買いに行くにしても、そもそもの想定図が無ければ話にならない。そして、ここは大きな薬屋だったこともあり、人が多く入っても大丈夫な待合空間、会計口が3つもある。2人で稼動するにしても、1つは無駄になる。そのため、使わない部分がそのままにしてあると悪目立ちしてしまう。
「以前は、お客さんが少ない時は一番奥をお休みにしていたんですが、そちらを隠すとなると窓からの光が入ってこなくなってしまいますし」
「暗くなるのは嫌だなぁ」
カウンターを眺めながら、2人で思案する。会計口がカウンターに固定されているため、簡単にずらすことが出来ない。だからと言って、壊して作り変えるにはお金が掛かる。
うんうん唸っても中々良い案は出ず、時間ばかりが過ぎていく。
「店員がいれば良いんです!!」
セレスティンが声を上げた。
だから、その店員がザクロと声を上げた本人しかいないのだが。それがそもそも問題でもあるんだが。
考え過ぎて、真面目なセレスティンのどこかが空回りし始めたのかもしれない。出勤初日からこんなことになってしまうなんて……。ごめんよ、こんな職場で。
ザクロが悲しい視線をセレスティンに向けていることに、気付いているのかいないのか。セレスティンは、名案だと言わんばかりに目を輝かせている。
「店長! ぬいぐるみを買いましょう!」
どうしてそうなる??
「稼働してない会計口には、スツールの上にぬいぐるみを置いて、『お休み中』って札を掛けておいたら可愛いと思うんです!」
善は急げと言わんばかりのセレスティンの勢いに押され、街へ繰り出した2人。何が何だかわからないザクロに、セレスティンは考えを話していた。
要は、隠せないなら見せればいい、ということらしい。ただ、見せるにも見せ方があり、その手法としてぬいぐるみを用いるというのだ。考えがファンシーで、ザクロには絶対思い付かない。やっぱり、女の子って不思議だ。
セレスティンには思い当たる店があるようで、ついていくと雑貨屋に辿り着いた。ザクロは絶対に入らない、いかにも女の子な店だ。悪いことはしてないはずなのに、入るのを躊躇ってしまう。
「こんにちは〜」
セレスティンは慣れているのか、入店すると真っ直ぐ目的の場所へ歩いていく。置いて行かれても困るので、ザクロも慌ててついていく。足を止めると、そこにはウサギやらクマやらのぬいぐるみが並んでいた。大きさは様々で、大きいものだと50cmくらいの大きさのものもある。
「これとかどうですか?」
セレスティンが手に取ったのは、商品としては中くらいのサイズのウサギのぬいぐるみだった。セレスティンの柔らかな印象にとても似合っていて、思わずぼーっと見てしまった。ハッとして、「いいんじゃない?」と口にする。自分が選ぶより、セレスティンに任せた方が良いと判断して、選出はお任せした。
悩んだ結果、ウサギとネコのぬいぐるみが選ばれた。クマも買うか悩んだが、資金節約ということと会計口3つを塞ぐことはないとの判断から、今回は見送ることとなった。
会計時、店員から「あら?彼氏さん、プレゼントですか? 良いですねぇ」なんて声を掛けられて、なんて言えば良いのかわからなかった。ザクロはとりあえず苦笑いをしていたが、隣のセレスティンは「あっ!えっ!そのっ!」と落ち着きなく手をワタワタさせていて、それが余計に店員の勘違いに拍車をかけてしまっていたとは、2人とも夢にも思わないだろう。
頭の中を、そのまま絵にする方法ってありますか?