覚悟
「え? マジで??」
セレスティンの返事に、驚き過ぎてそれ以外声が出ない。
だって自分は、相当働く気が失せるようなことを言った。その自覚はもちろんある、というかそのつもりで言っていた。
それが、『がんばります』と返ってきた。どう捉えても、働く気のある返事だ。
呆けているザクロに気付かず、セレスティンは一所懸命に自身について話をし始めた。
「わたし、ついこの間まで3年間、薬屋で働いてました!お店が無くなってしまったので、自分から辞めたわけじゃないんです。学生の時に薬師に興味を持ったんですけど……卒業間近で、遅過ぎて…。でも!いつかは薬師になりたくて!」
思った以上に情熱を持っているようだ。一見大人しそうな子なため、余計に驚いてしまう。
しかも、薬屋で働いた経験があるというのはありがたい話だ。薬師の資格を持っていないとしても、薬品の名前くらいならわかるものもあるだろう。それに、薬師になりたくて3年間も働いていたとなると、その本気度合いも窺い知れる。
働いていた店が無くなってしまったことを、喜んでいいのか悪いのか悩むところではあるが。
ん?
ついこの間、お店が無くなった?
しかも薬屋………ということは?
「ザクロさんのお店の、前にあったお店ですよ」
ザクロの考えを読んだのか、マラヤが答える。
どうやらセレスティンは薬師になりたい気持ちから、学院を卒業してすぐに薬屋に就職したらしい。ただ、薬師でもなく、薬関係の知識にも明るくなかったため、非正規での働き口しかなかった。
この迷宮都市は地元ではなく、本来は王都に実家があるらしい。ならば地元の方が働き口も広いのでは?と思ったが、実家にいるとすぐに結婚の話になってしまうので、自分から飛び出したようだ。見かけによらず行動派だ。
迷宮都市を選んだのは、学生時代からマラヤと仲が良く、相談したところ来るように誘われたのがきっかけだそうだ。最初の頃はマラヤの家に居候しており、今は近くに家を借りて住んでいるとのことだった。
「やる気もあるし、薬のこともそれなりに知ってる。その上、可愛いときた!!これは雇わないと損ってもんですよ!!」
「ちょっ、マラヤ! 最後のは何?!」
商売人の顔をしたマラヤが、セレスティンを売り込んでくる。セレスティンは慌てふためいているが、ザクロは真剣だ。確かに、ここで逃すのは勿体無い。元々、あの場所で働いていたということも利点の一つだ。薬の販売に携わった経験があるとなれば、作り手と売り手で分かれて作業ができる。営業時間の調節をすれば、技術を伝える時間も取れるだろう。
……可愛いのも、ほんとだし………。
悩んでいても始まらない。ザクロは一つ頷くと、セレスティンに向かって手を差し出した。
「セレスちゃん、もしよければ働いてくれない?」
ザクロの言葉にぽかんと口を開けて、セレスティンは固まった。なんだかこの顔、よく見るな。
「セレス」とマラヤが耳元で声を掛けると、今度はすぐに戻ってきたようだ。ハッとして、目の前に差し出された手と、ザクロの顔を視線が往復し、現実を飲み込んだ顔には、隠しきれない喜びの赤みが差している。
「はい! お願いします!」
ザクロの手を両手で握り、笑顔を向けるセレスティンの姿に、少しだけ肩の力が抜けたような気がする。
1人でどうしようと悩んでいたところに、一筋の光が差し込んだようだった。これからの仕事を、少なくとも1人で背負わなくてもいいという心の余裕が持てたのがありがたい。
こうしてザクロは、思いがけないところで、思いがけない出会いをすることとなったのだった。
絵が描けたらいいんですが、美術2には難しいのです……。