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薬屋【アネモネ】  作者: 末畠ふゆ
第一部
30/37

渡りに船




 『この子、雇いません?』





 聞き間違いだろうか。

 これからの忙しさを思って、幻聴が聞こえてきてしまったようだ。根を上げるには早すぎる。早すぎるぞ、自分。


 自身の情けなさに拍車がかかり、現実逃避か、遠くを見つめる。人前でなければ、その頬にはツーッと静かに水滴が垂れていたことだろう。



「ザクロさーん、聞こえてるー?」



 マラヤが、カウンターから身を乗り出してザクロに声を掛ける。隣にいた女性は呆気に取られており、呆然と辺りを見ている。





「ザクロさんってば!!」



 ゴンッ!



「〜〜ッッ…!!!!」




 ザクロの反応の薄さに、ついにマラヤが耐えかねて実力行使に出た。

 突然の痛みにザクロは思わず、その場にしゃがみ込み頭を押さえる。痛すぎて声が出ず、先ほどこぼすまいと思っていた涙も、次から次へと溢れてくる。不意打ち過ぎて、痛みに対して構える時間などなかった。



「人の話、聞かないからですよ!」



 もう!と膨れっ面でこちらを見るマラヤの右手には、ザクロを襲った凶器・フライパンが握られていた。


 あれは……ロードを殴りつけた時に使用していたものだ。まさか自分も標的になるなんて……。




「それで、この子雇ってくれません?」


 今の流れは無かったことになっているかのような雰囲気で、マラヤはいつも通りの口調に戻って聞いてくる。



 怖………。



 『マラヤの声を無視してはいけない』と心に深く刻み込み、痛みを堪えながら聞き返す。



「ッ……なんで、突然?」

「前に話を聞いた時から『大変そうだなぁ』とは思ってて。それで、この間のアレでしょ? 人手が足りないのは一目瞭然ですよ」


 確かに、マラヤは抜け殻のザクロを見ている。なるほど、それでこの提案か。


 納得しつつも、一つの疑問を解決するには至らず、ザクロは改めて聞き返す。


「おれにとってはありがたい提案なんだけど、彼女は納得してるの?」


 マラヤの隣に立つ女性に視線を向ける。マラヤの突飛な発言からずっと、呆然としており、1人だけ置いてきぼりを食らっている。彼女本人の人生に関わることだけに、他人だけで話を進めていいものではない。



「あれ? セレス?セレスってば!!」


「っえ?!あ?!」


 マラヤが何度も肩を叩くと、ハッとして「セレス」はマラヤに視線を向けた。




 おれも同じように起こしてくれよ……。




 これが男女の差ってやつか、と1人悲しくなる。


「ご、ごめん! あまりのことに脳が……」

「あー、それはごめん。でも、このチャンスは逃せないな!って思ったのよ」


 案の定、彼女ことセレスさんの意思確認は0だった。マラヤが1人で突っ走った結果だったようだ。とばっちりもいいところだ。



「ザクロさん、紹介しますね。彼女はセレスティン・サビア。わたしの学院からの友人です」

「初めまして、セレスティン・サビアと申します。セレスは愛称ですので、好きなように呼んでください」


 仲が良いなと思っていたが、そうか友人なのか。合点がいった。


「あ、おれはザクロ・スプルースです。……お言葉に甘えて、セレスちゃん?でいいかな?」



 なんともぎこちない挨拶を交わし、マラヤが簡易的に用意した面接会場もといカウンターに椅子を並べ、3人で顔を突き合わせる。


「それで、うちで働きたいの?」


 未だ確認できていない最重要事項だ。そもそも、本人に働く気がないのに雇ったところで、どちらにもメリットはない。それに、薬屋で働くことはそれなりの知識も必要で、経営者側も指導をしていかなくてはいけない。しかし、今のザクロの環境は、教えるところまで手が伸びるかどうか怪しいところだ。



「…っ、はい! がんばります!!」


 セレスティンはだいぶ緊張した面持ちで、しかし、必死さを滲ませながら返事をする。働きたいというのは、本当のようだ。


「えーっと、ね。うち、おれ以外従業員いなくて、店舗も移転したばっかで、めちゃくちゃ忙しいんだけど……」



 なぜ、働きたいと言ってくれている人の前で、こんなにマイナスなことばかり並べているのか。本当なら『是非とも!!』と手を握って、固い握手を交わしたいところだが、先日自分の体験した忙しさを、他の人に無責任にも体験させてはいけない。そんな思いが、ザクロの手を下げさせる。


「ザクロさんてば、雇う気あります? これじゃ、誰も来ませんよぉ」


 2人のやりとりを見ていたマラヤが、呆れ交じりに言い放つ。


「っ…それは……そうなんだけど…」


 ザクロは言葉を詰まらせながら、正直に店の現状を話した。初めましての子に聞かせるものではないかと思うが、働きたいと言ってくれているのなら聞かせねばなるまい。キラキラとした瞳が、働き始めて数分で光を無くすのは見たくない。


 語りながらチラッとセレスティンの方を見ると、戸惑っているのか目をキョロキョロと動かして落ち着かない。だが、それが正常な反応だろう。誰が自ら大変な環境に身を投じるというのだろうか。

 選べる立場なら、自分は絶対に断る。ザクロは声を大にして言いたい。




「それでも、わたし! がんばります!!」




 意を決したセレスティンの声が、ライラ魔道具店に響き渡った。




セレスです。可愛がってください。

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