相談
ギルドに着くと、すぐさま応接室へと通された。
中にはシトロンがすでにおり、机の上には紙束が乗っている。
促されるまま、シトロンの向かいにあるソファへと腰を下ろす。
「スプルースさん、まずは今回の件、ありがとうございました」
シトロンが、はじめに礼を述べる。どうやら、ポーションに問題はなかったようだ。
「作って頂いた分は、こちらの方で代行販売をさせて頂きます。販売量も、一ヶ月かけて販売していきますので、すぐさま次、ということにはなりません。ご安心ください」
その言葉に、少しだけホッとする。これで、またすぐに同じ量を注文されでもしたら、ザクロ自身の命がもたない。
「それを聞いて安心しました。……結構、ヤバかったんで……」
ザクロの様子に、シトロンが苦笑する。
「今回だいぶ無理を言いましたからね。その自覚はありますよ。……ただ、今後の販売について、どうしますか?」
シトロンは、急に真面目な顔つきになってザクロを見据える。
シトロンの言いたいことは、わかる。今回は緊急でポーションが入り用になったため、ギルドが注文を出して代行販売する、という流れになった。
しかし、本来であれば、薬屋でポーションが売られていればいいだけの話なのだ。
以前であれば、大通りの薬屋でポーションを買うことができた。だが、薬師が消え、店が消えた。おかげで、今この迷宮都市でポーションを作れる薬師はザクロのみ、という非常事態だ。今回の事態を重く見た薬師協会から、専属薬師に任命されてしまった手前、どうにかしなくてはいけないのだが………。
「正直……1人で、っていうのには…限界がありますよ……」
謙遜ではない。実際問題そうなのだ。
薬屋というのは、ポーション専門店ではない。他の薬も扱っている。中には医師から注文を受けて、治療に用いる薬を作ることもある。
それが薬屋だ。
側から見れば、ポーションを作れば必ず売れるこの環境を、羨ましく思う者もいると思う。だが、作ったところで、売るところに手が回らない。ポーションばかり作っていると、他の薬が作れない。
ザクロの好きな『町の薬屋さん』ではなくなってしまう。
「撤退した薬屋で働いていたのは、基本的にその会社に所属していた者達のようでして。撤退と同時に、街から去ってしまったようなんです」
話しながら、シトロンも頭に手をやる。ギルドもほとほと困り果てているらしい。
「どうにかできないですか?」
「一応、他のギルドに対して薬師を探している旨を伝えてはいますが………どこも、常に薬師不足ですからね。「はい、どうぞ」というわけにはいかないのが実情です」
「やっぱ…そうですよねぇ…」
室内に、2人分の大きなため息が落ちる。
とりあえず、継続して探してもらうことをお願いし、経営に関しては少し時間が欲しいことを伝えた。今この場で「こうします」と言えるほど、ザクロには考えがない。
今回は、ポーション全てを定価の金額でギルドが買い受ける、という形で落ち着いた。本来であれば依頼料を受け取るところなのだが、薬師協会が売り上げ分のみの受け取りといったようだ。しかし、それでは割に合わないだろうと、シトロンの計らいで材料費も込みでもらえることになった。大金貨2枚、大銀貨3枚、銀貨3枚の儲けとなった。大金貨なんて手にしたことがなくて、怖さのあまりすぐにギルド内の口座に預け入れた。
ギルドを後にして、その足でライラ魔道具店へ向かう。精神的に死にかけていたザクロを、マラヤが助けてくれたのだが、まだ礼を言えていない。
ライラ魔道具店に入ると、先客がいた。
若い女性で、漏れ聞こえる会話から、マラヤとの仲の良さが伺える。水色の長い髪をハーフアップにしており、溌剌としたマラヤに対して大人しい印象だ。
急ぎでもないので、店内を見て待っていようとフラフラしていると、「あっ!」とマラヤの大きな声が響く。
「そうだよ! ザクロさんがいるじゃない!!」
え? おれ?
振り返ると、2人の女性からの熱い視線。決して『かっこいいから見られている』わけじゃないのが、なんとも悲しい。
「ザクロさん、お店1人で回せてる?」
今一番の悩みを、どストレートに突かれた。音がするなら、まさしく『グサッ!!!』と凄まじい音が鳴っていただろう。
「………ぃぃぇ」
小声でも、返答しただけ褒めてほしい。何が悲しくて、見ず知らずの女性の前で自分の不出来を晒さなくてはならないのか。涙が出そう。
「やっぱり!!」
対して、マラヤは嬉しそうに微笑んでいる。ザクロのダメ男加減がそんなに嬉しいのか……チクショウ……。
落ち込むザクロを気にも止めず、マラヤはある提案をしてきた。
「ねぇ、ザクロさん。この子、雇いません?」
新しい女の子の名前、考えなくちゃ……。