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薬屋【アネモネ】  作者: 末畠ふゆ
第一部
27/37

持つべきものは




 ポーション作成を始めて、はや2週間。あっという間に、納品期日はやってきた。



 なんとか期日までに、中級ポーション300本、上級ポーション104本を作り上げることができた。工房の角には木箱に入ったポーションが積まれている。

 本当は、それをギルドまで運ばなくてはいけないのだが、この2週間、昼夜問わず作業をしていたため、ザクロの体力も魔力も風前の灯だ。

 今は、工房の作業台に上半身を完全に預け切っている。




 『倒れてはならない』という思いから、最低限の食事や休憩は摂っていたものの、期日が近付くほどにそんなことは言えなくなった。なんたって、ポーション合計400本なんて、1人の薬師に頼む量ではないのだ。しかも期間は、頑張って確保した2週間。



「……なんで、受けたんだろ……おれ……」



 たとえ上からの命令だとて、そこは1人の上級薬師。自分の力量から受ける仕事を判別するのがプロだ。

 あの時は、追い詰められていて頭が回らなかった。それ故に、正しい判断が出来ていなかったのだ。



 でも、周りの人々はそんな自分に合わせて、無理難題を受けてくれたのも事実だ。それを思うと、ここで消し炭のように横たわっている自分が情けなくなってくる。



 後悔、感謝、自己嫌悪……様々な感情が、疲れ切った体や頭を巡っている。




「……ポーション、運ばなきゃ……」


 考えれば考えるほど、ドツボにハマっていく。これでは何の解決にもならない。


 そう気持ちを無理やり切り替え、本来やるべきことをしようと、体に鞭を打って起き上がる。

 脱力していた体を動かすのは億劫だ。足も腕も重い。まるで、重りを付けているようだ。

 元気であれば、ギルドに対して通話魔法で取りに来てもらうよう頼むのだが、もうそんなことにも使えないほど魔力がない。


 自分に残されているのは、『体』だけだ。


 運ぶのは、正直無理だ。だったら取りに来てもらえるように呼びに行くしかない。まるで這うようにして、工房の入り口に向かって体を動かす。広くなった工房が、疲れた体にはさらに広く感じる。扉までの距離が、こんなに遠いなんて。


 意識が遠ざかっていく………。




 ドンドンッ!




 突然、遠くから何かを強く叩く音がする。


 落ちかけた意識が、急浮上した。

 次いで、ガチャっと扉を開ける音が聞こえる。誰かが店に入ってきたようだ。


 表札は準備中にしてあるが、もしかしたら鍵を閉め忘れたのかもしれない。表札に気付かず、薬を買いに客が入店してきたのか。だとしても、今は棚に商品は一点も並べていないし、何なら店主はここで息も絶え絶えになっている。


 どうすればいいのか、と足を止めていると、遠慮なく工房の扉が開いた。



「あっ! 生きてました!!」

「いやぁ〜、無事で良かったです」




 入ってきたのは、マラヤとシトロンの2人だった。シトロンは室内を見渡し、部屋の隅に積まれたポーションに気付いた。


「あ、ポーション出来たんですね! これはこちらで運んでおきますので、大丈夫ですよ」


 木箱の中身を確かめながら、通話魔法でギルドに連絡を入れているようだ。



 何が何だかわからない。完全にザクロは置いてきぼりだ。



 すると、マラヤが近付いてきて、ザクロの側に椅子を置き、座るように促した。


「とりあえず、ザクロさんは座りましょうか? お茶持ってきたんで、一息入れましょ」


 マラヤは簡易キッチンで湯を沸かすと、持参したポットに茶葉を入れてお茶を入れる。ザクロの前にカップを置き、自分も向かいに座るとこれまでの経緯を話し始めた。



「魔道具の件で、ザクロさんと今回の話をしたでしょ? それで、父さんから「買い物ついでに時々見に行け」って言われてたんですよ。でも、店が閉まってるから中に入りたくても入れないし、扉叩いても全然反応無いし。3日に一回程度来てたんですよ?これでも」



 全く気が付かなかった。これは、完全に世界に入ってしまっていたようだ


 ……ん? 店は閉まっていた?



「まぁ、どうせ父さんと同じだろうとは思ったんで、職業は違っても職人は職人だなぁ、って思っただけですけど。で、期日になったからと思って、もう一回来たら、入り口前でギルドの方に会ったんです」



 なるほど。謎の組み合わせはそのせいか。


 いや、そうじゃなくて。



「玄関は閉まってたんですけど、ギルドの方が合鍵で開けてくれました!」



 合鍵持ってたんかい!!


 突っ込みたいが、そんな元気はもちろん無い。よく考えれば、それはそうだろう。なんてったって、この建物はギルドが管理している。管理者が鍵を持っているのは当たり前だ。



 いつの間にか、ギルドから応援の職員が到着したようだ。積み上がっていた木箱が、次々と運び出されていき、あっという間に無くなった。


「スプルースさん、金額に関しては後日としましょう。今日は、とりあえずお休みになってください。動けそうになったら、連絡をくださいね」



 そう言い残し、シトロンは帰っていった。


 残されたのは、ザクロとマラヤだけ。


「……あー…と。……ありがとうね」



 何を言えばいいのかわからず、とりあえずな礼を言う。


「どういたしまして。うちもこんな感じなんで、慣れっこですよ。きっと、何にも無いと思ったんで、ご飯の差し入れです。冷蔵庫に入れておくんで、起きたら食べてくださいね」



 そう言うと、マラヤは立ち上がり、持ってきた食べ物を冷蔵庫にしまう。そして、ザクロに立つよう促すと、引き摺るようにしてベッドに連れていき、横になったのを確認して帰っていったのだった。




 今時の子って、推しの強さ半端ない……。




シトロンとマラヤは気が合うと思う。

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