自信作
ついに、待望の魔道具を手にする日を迎えた。
大変さはもちろんあるが、薬師としてポーション用魔道具へ興味が有るか無いかと聞かれれば「有る」。ザクロとて、そこは薬師で1人の若者だ。まだ見ぬ新たな相棒に心が躍る。
ライラ魔道具店に辿り着くと、いつもの笑顔でマラヤが迎えてくれる。ロードは……いない。
前回の思い出が蘇り、自然と身震いする。
「マラヤちゃん……オヤジさんは?」
声も僅かに震えていただろう。前回は、工房に籠り切ったロードを呼ぶために、危うく自分諸共、工房の扉を破壊されるところだった。今回も工房に籠って出て来ないとなると、前回の二の舞になりかねない。
そんなザクロの心境を察してか、マラヤは「大丈夫ですよ」と声を掛けた。
「今日は、ただ単に買い物に行ってるだけですよ。知り合いのお店に、お願いしていた品物が入るとかで。いつもは配達してもらうんですけど、今日は散歩がてら自分で取りに行くって言ってました」
「あ、そうなんだ」
思わず大きく息をつく。マラヤは、ザクロのあからさまな安堵にクスクスと笑いが溢れる。
「魔道具を取りに来たんですよね。父さんが帰るまで、お茶でも飲んで待っていてください」
「ありがとう」
マラヤにお茶を入れてもらい、一息つく。安堵した心と体に、温かいお茶が沁み渡る。ほっと一息ついていると、裏口からゴソゴソと音がして、ロードが帰ってきた。
「おー!坊主! 悪りぃな、待たせちまったか?」
「いえ、ついさっき来たとこなんで」
前回あった時と違い、目の下の隈も顔色もすっかり良くなったようだ。見た目が厳つい分、目の座ったロードは本当に怖かった。やはり人間、明るい表情というのは大切だ。
「ちょっと待ってろよ」とこちらに一声掛けると、工房に入っていく。買って来た荷物を運び入れると、代わりとばかりに少し大きめの箱を持って戻ってきた。
「ほらよ! 注文の品だぜ!!」
ロードが箱の中から取り出したのは、濃紺色の円柱状の魔道具だった。周りには細やかな花の模様が描かれており、下部には魔石を嵌め込む部分がまるで模様の一つに見えるように配置されている。蓋を開けると、中は二重構造になっており、内鍋を取り外せるようになっていた。
「この間話した構造だけでもいいと思ったんだがな。マラヤが『洗えるようにした方がいいんじゃないか』って言ってよ。そういうのもアリかと思って、二重にしてみたんだよ」
これは盲点だった。確かに、魔道具は使い終わったら洗浄をする。それは浄化水で洗ったり、魔法で洗浄したりと薬師によってやりようは様々だ。ザクロは基本、魔法で作って常備している浄化水を使って洗っている。しかしそれは、通常の魔道具の場合だ。今回自分が注文した魔道具は、通常の魔道具の2.5倍ほどの容量がある。それを毎回運んで洗うとなると、正直手間だ。
分離できるというのはありがたい。
「すごい……オヤジさん、ありがとうございます!!」
「おうよ! ま、次の注文は、もうちっと余裕持ってくれると助かるんだがな!」
「…あは…はは………。今回だけですって…」
ザクロにとって、笑い話で済まない忘れたい記憶が再び蘇る。次は誰が持ってこようが、ロードへの協力が不可避な案件は慎重に決めていくようにする。
「マラヤちゃんもありがとう。よく思いついたよね」
話題を変えようと、アイディアを出してくれたというマラヤに礼を言う。
「いえいえ!あたしの友達が、この間まで薬屋で働いてたんですよ。ザクロさんみたいに薬師になりたいみたいで、働いていた時に魔道具を洗うのも仕事の一つだって話してて。それで、『内鍋だけ洗えたら便利だよねぇ』って話になったんです」
若い子の感性ってすごいな。自分には当たり前過ぎて、そんなこと思いもしなかった。
ザクロも一般的には非常に若いのだが、いかんせん、薬に囲まれた生活がそれを阻む。
特注ということで値段は覚悟していたが、「新発見割りしてやる」ということで大銀貨4枚で済んだ。本当は無理難題を吹っ掛けたので金貨払いを覚悟していた。ここは素直に、職人の優しさに甘えるとしよう。
通常よりは重いものの、それでも運べる重さの魔道具を手にし、ホクホク顔で帰宅した。丁度、薬瓶を持ったセキも来ており、これで必要な素材は全て工房に揃ったのだった。
何回通貨の値段を考えても整合性がっ……!なんで円の部分を考えるっていう方向性にしなかったのか……。