少しの日常
ドラバイトとの迷宮探索が思ったよりも早く終わったことで、慌ただしい中に束の間の日常が帰ってきた。場所や作る薬は変われど、素材の下準備という工程に変わりはない。予定では、いつも時間を掛けて行う乾燥作業などを魔法で無理くり早めなくてはいけなかったが、おかげで天日干しで済ませることが出来る。ポーション作成は魔力を多く使うので、今回のような大量注文では出来るだけ魔力を温存しておきたい。
薬師は級が上がれば上がるほど、作れる薬も上質なものになる。それに合わせて、魔力を必要とする薬も増えてくる。
ザクロも上級薬師足り得る魔力の持ち主だ。それは、これまた父母のおかげでもある。魔力は使えば使うほどに高まりはするが、人間誰しも限度というものがある。『器』といわれる器官が体の中に存在し、それは生まれつきのものだ。器の大きさは遺伝によるものが強く、親が大きな器を持っていると、その子どもも大きな器を持つことが多い。ただし、可能性の問題であるため、小さな器の親から大きな器の子が生まれたり、稀に器が柔軟性を持っており成長に合わせて器も大きくなったりする者もいる。
ザクロは遺伝で大きな器を持っているのだが、ただ持っているだけでは魔力量は増えない。そのため、母は鑑定などを小さい頃から使うように仕向けていた。小さな頃からの習慣に疑問に思うことはなく、その回数が日毎に増えていくのも気にしていなかった。
しかし、ある時、母に大量のポーション作成の注文が入ったことがあった。その頃には、ザクロの鑑定能力は確かなものになっており、母がポーション作り、ザクロが鑑定、と役割を決めて取り組んでいた。いつも軽々と調合をしている母も、「もうちょっと小分けに注文できないの?!」と文句を垂れながら行うぐらいの忙しさだった。ザクロにとっては、幼い頃からの訓練で1日の鑑定量が増えたとはいえ、それを鼻で笑うような量が目の前にあった。
その頃のザクロは、魔力の限界というものを体感したことがなく、『大変だ〜』くらいにしか思っていなかった。
そして、初めて痛い目を見たのだ。
最初は、気のせいだと思った。足元がふらついた気がしたのだ。そのため、体からのSOSサインに気が付かず、そのまま鑑定を進めていってしまった。気が付いた時には自身のベッドの上にいた。母曰く「魔力を使い過ぎて倒れた」とのことだった。目を覚ましてすぐに訪れたのは、頭痛と嘔吐感だった。その後、発熱もあって1週間寝込むこととなった。
初めてのことに混乱していたザクロが落ち着いた頃合いを見て、母が魔力の使い過ぎによる反動を教えてくれた。母は、ザクロに限界まで魔力を使わせたことがなかったので、話すのをすっかり忘れていたと笑っていた。
こっちは笑えない状態だったが……。
それから少しの間、魔力を使うのが怖くなった。母は「何ビビってんの?」と呆れていたが、一度嫌な思いをすると、人間は学ぶのだ。『もう二度となるものか』と。
けれど、そこは色んな意味で愛情深い両親だ。可愛い子には旅をさせよ(保護者同伴)とばかりに、迷宮へ連れて行かれた。鑑定をしないといけない環境に投げ込まれたので、泣き言も言ってられなくなり、ザクロのちょっとした反抗はすぐに終わった。
まあ、そんなこんながあり、二度目がないように魔力を使う回数を自主的に増やして限界値を上げていった。そのおかげか、魔力量も増えたのでいいことにしておこう。
今では大抵の作業は1人でこなせるほどの魔力量を持っているし、倒れることもあれ以来ない。
だが、今回の注文は膨大だと思う。そのためにも、出来るだけ魔力は温存しておきたいところだ。一体どれくらいの量なのだろう。
「あ」
魔道具、護衛、採取、そして思い出して走った薬瓶。それだけやったので、すっかり満足してしまっていた。
「注文票……受け取ってない………」
手元の作業を大急ぎで終わらせると、ザクロはギルドまで走った。素材管理局に行き、注文票の話をすると「あれ? 渡してませんでしたっけ?」と、のんびりとしたシトロンが机の上に山と積まれた書類の中から注文票の写しを出して来た。お互いにすっかり終わった話だと思っていたので、どちらともになんとも言えない表情になったのであった。
「中級が約300本、上級が104本…………生きてるかな、おれ……」
回復するための薬を作るため、自分の命を投げ打ちたくはないザクロなのであった。
注文票のことをすっかり忘れていました(末畠が)