二度目まして
今日は、ギルドから紹介された冒険者が帰ってくる日だ。返事がいつくるかと、朝からソワソワしてしまう。家の荷物をまとめる手は忙しなく動いているが、どうしても頭はそちらに向かってしまう。だが、この待っている時間を有効的に使わなくては、と思う気持ちもあるのだ。
新店舗は営業目的で建てられており、本来住居用ではなかったが、事務室を急遽住居スペースとした。本当は店舗スペースを狭めた方が営業がしやすいのだが、そこをいじり始めると今の自分は借金地獄と化すだろう。幸い荷物は少ない方なので、スタッフルームだろうと大きさは十分だ。新しい工房が今までよりも広いので、今使っている冷蔵庫とコンロを運び込み、今と同じように工房兼キッチンとする。2階もあるにはあるのだが、仕切りのないだだっ広い空間で、住むには適していない。元倉庫ということだが、1人では使い勝手が悪いので、使わない店舗スペースに衝立か何かを置いて倉庫スペースにしようかと考えている。
あれやこれやと考えているうちに、少ない荷物はまとまった。大きな荷物は引越し業者に運んでもらうとして、手荷物くらいであれば自分で運んでしまった方が早くて安上がりだ。新居兼店舗に着くと、まだ中はガランとしている。荷物を部屋に置いて帰る、という動作を3往復もすると、自分のできる引越し作業は終わった。あとは、やってきた引越し業者にベッドや冷蔵庫などの大型荷物を運んでもらうだけだ。
引越し作業は午前中いっぱいで終わった。5年も住んだ家なのに、片付けてしまうとあっという間だ。少し感傷に浸りながら部屋を見渡す。この小さな部屋、工房、店舗で、傷薬や飲み薬を作ってきた。近所の人達が優しく接してくれたこともあり、とても穏やかに過ごすことができた。引越し先はすぐ側なので会えなくなるわけ気ではないが、それでもこの場所というのが良いのだ。
来週の今頃は、ポーションを作って作って作りまくっているだろう。頭も体も悲鳴を上げているに違いない。作っては瓶に詰め、作っては瓶に詰め、まるで工場だ。
「ん?」
そういえば、ポーション瓶って頼んだっけか?
…………。
ザクロは思い出に浸っていた自分を半ば罵倒しながら、エンパク商店に走った。肝心のポーションを作ったとて、入れ物がなければ始まらない。作ることだけに頭が持って行かれ過ぎて、その後のことをすっかり忘れていた。
エンパク商店に着いて事情を説明すると、すでにギルドから連絡が入っていたのだろう。セキが「お前、よそに頼みに行ってんのかと思ってヒヤヒヤした」と言いながら、ザクロの慌てようを見て大笑いしていた。
ポーション瓶の注文も終わりバタバタして新居に帰ってくると、家の前に男が1人立っていた。冒険者のようだ。もしかしたら、前の薬屋が閉店したことを知らないのかもしれない。自分も薬屋ではあるが、今は引越し途中なので臨時休業中だ。
そんなことを考えながら近付くと、向こうもこちらに気が付いたのか視線を向けてきた。
「すまない、ここの家主を知らないだろうか?」
やっぱり薬を買いに来たのか。残念ながら売り物は今置いていない。
「わたしが家主なんです。前の薬屋は閉店していまして」
「あぁ、それは知っている。ということは、あなたがザクロ・スプルースか?」
おや?用があるのは、おれ?
「はいそうですが……あなたは?」
「俺はドラバイト・ブリック。ギルドに護衛の依頼を出しただろう? シャルトルーズ素材管理局長からも緊急性のある依頼だと聞いて、とりあえず依頼主であるあなたに会いに来た」
今日帰ってくる冒険者!!
あまりにバタバタとしていて、朝あんなにソワソワしていたのにすっかり忘れていた。見た感じ、姿形や口調からして真面目そうな男だ。使うのは剣なのだろう、腰に剣を携えている。
驚きに思わず口をぱかっと開けてドラバイトを見ていると、思わぬ言葉が降ってきた。
「それにしても、あの小さな薬屋がここに移転するとは。この間行った時はポーションは無いと言っていたが、設備の問題だったのか?」
あれ? アネモネを知っている??
「えーっと、すみません……うちをご存知で?」
「あぁ、この間ポーションを探している時に寄らせてもらった。滞在時間は1分程だったからな、覚えていなくても無理はない」
この間、ポーション……。
「あぁ!この間の冒険者の人!!」
「覚えていたか」
人の縁って、意外と身近にあるのかもしれない。
スマホやiPadで手打ちしていたのですが、キーボードを買いました。打鍵音がとても好みなこともあって、とにかくいっぱい鳴らしたい!
なので、鳴らしたいがために書いています。