死にたくない
畑を耕し、苗を植え、新たな工房への移転準備をしていると、あっという間にロードに呼ばれた日になった。あの後、街で買い物中に出会ったマラヤによると、寝食を忘れて工房に籠っているらしい。無理難題をふっかけたのは自分自身であるため、簡単に大変とは声が掛けられなかった。マラヤからは「時々あるんですよねぇ」なんて軽い口調で話されはしたが。
頼むから生きていてくれ、ロードさん。
店の前に着き、いつも通り店内に入るとマラヤがカウンターにいた。ザクロを見ると、先日同様、笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃい、ザクロさん! 今、父さんを呼んでくるので待っていてくださいね」
どうやら、まだ工房に籠っているようだ。工房の方からガタゴトと音が聞こえてくるので、生きてはいるらしい。よかった、尊い職人の命はあった。
「父さーん!ザクロさん来たよー!!」
マラヤが声を掛けているが、中からガタゴトという音が消えることはなく、出てくる様子もない。まだ試行中なのだろうか。だとしたら、中断してしまうことで、せっかくの発想が崩れてしまうかもしれない。ザクロ自身も似たようなことをした経験があるので、その気持ちは痛いほどよくわかる。
「マラヤちゃん、なんか取り込み中みたいだから今日のところは帰るよ」
「いいんですよ、ザクロさん! ザクロさんが来たら扉を破壊してでも知らせろって言ったの、父さんなんですから」
なんちゅー荒々しい頼みをしてるんだ、娘に。というか、マラヤも不思議に思っていないところを見ると、これが日常茶飯事のようだ。スリリングな家庭だな……。
「父さーん! この間、扉新調して頑丈になったから、爆破しないといけなくなるよー!」
思った以上に荒っぽかった。…ん?ちょっと待て。爆破って言わなかったか?! このままだと巻き込まれる!!
血の気の引いたザクロは、考えるよりも早くカウンターを乗り越えて、マラヤの隣でロードに呼びかけた。
「オヤジさん!ザクロです!!3日経ったんで来ましたよ!!おれ死にたくないです!!!だから早く出てきてください!!!!!」
「ほらー、ザクロさんもそう言ってるよー」
これは本当に同じ場所、同じ空間にいる人間の発している声なんだろうか。あまりに温度差がありすぎる。そんなこちら側のことなんてそっちのけで、工房内からは相変わらずガタゴトと音が響いている。
「のめり込んでる場合じゃないですって!!!早く出てきて!!!」
「あと10秒で爆破するからねー」
あと10秒!?
咄嗟にマラヤを振り返ると、手元に魔石が握られていた。冗談ではなく本気だということが、あからさまに伝わってくる。もうすでに魔力を通し始めていて、魔石が仄かに赤く光り出している。
「10、9、8…」
「オヤジさん!!!マラヤちゃんマジだから!!!」
「7、6、5…」
「頼むから出てきて!!!」
無情にもカウントダウンは進んでいく。ザクロの焦りもピークだ。
「4、3…」
「ケレルさんとこ行きますよ!!!!」
バンッッッ!!!!!!
「テメェ!!!!俺に頼むっつっただろーがぁ!!!!!」
ザクロが咄嗟に放った一言が、どうやら開かずの間を開ける唯一の鍵だったようだ。マラヤを見ると、もう魔石は光っていない。怒鳴られはしたが、どうやら身近な危機からは脱したようだ。急な安堵感から、ザクロは足元からその場に崩れたのだった。
文末をどう締め括るか悩みます……。もっと1話を長くすればいいんですよねぇ、ほんとは。