ライラ魔道具店
迷宮都市の道具街は、人通りは少ないものの、人々にとってなくてはならない場所だ。小さなものから大きな物まで、一般向けから職人向けまで様々な物が売られている。
例えば調理器具にしても、鍋やおたまといった物から冷蔵庫などの大型器具まで、この道具街に来れば揃うのだ。
道具街を足早に進んでいたザクロは、ある店の前でようやく足を止める。そして、慣れた様子で中に入っていった。
「どーも。ザクロですけど、オヤジさんいるー?」
入ると同時に声を掛けると、中から返事が返ってくる。
「いらっしゃーい! でも、ごめんなさい!父さん今出てるんですよ」
現れたのは、薄紫色の髪を一つにくくった10代くらいの少女だった。彼女はマラヤ・ライラック。この【ライラ魔道具店】の看板娘である。
「え、まじで? ちょっと急ぎの要件なんだよねぇ……」
「予定では、あと30分くらいで帰ってくるので待ってます? いいお茶あるんですよ〜」
「んじゃあ、お言葉に甘えて」
年が近いこともあってか、マラヤとの会話は自然と崩れた口調になる。マラヤ自身も看板娘ということもあり、コミュニケーション能力が高く、人の懐に入るのが上手いのだ。
それに、この店を知るキッカケになったのも、何を隠そうマラヤとの出会いである。
5年前、なんとか住む場所は見つけたものの、中はすっからかんだったため、基本的な魔道具、いわゆるコンロや冷蔵庫といった大型器具が無かった。そのため、道具街をブラブラしながらガラス越しに店の中を覗いていると、マラヤから声を掛けられたのだ。
『お兄さん、良い魔道具ありますよ』
最初はいかがわしい店の釣りかと思い、初めてのことにドギマギしてしまった。その様子を見て、マラヤは大笑いしていたが。
誤解が解けて素直についていくと、なんとも年季の入った魔道具店があった。彼女の父が店主をしており、彼女曰く『魔道具ならライラ魔道具店』と、この迷宮都市でも有名らしい。
そこで、知り合ったのも何かの縁、と諸々お願いして作ってもらったのが始まりだった。
「このお茶、王都で人気なんですって! この間来たお客さんが旅行土産にくれたんです!」
「へぇ〜、癖もなくて飲みやすい。こっちでも売ればいいのにね」
「なんか、産地がどうの…とか言ってたんですよねぇ」
お茶を飲みながら、まったりムードで店主の帰りを待っていると、ガチャってと裏口から音がした。
「帰ったぞー。……ん? ザクロの坊主じゃねぇか。なんで茶ぁしばいてんだ」
「父さんおかえりなさーい!」
入ってきたのは、ライラ魔道具店の店主兼職人であるロード・ライラック、その人である。
帰ってきて目に入ったのが、可愛い娘と若い男が和やかにお茶を飲んでいる場面というのは、普通なら怒りそうなものだが、良いのか悪いのかザクロはそういった目で見られていないため、いつもの光景とばかりに受け入れられている。
「オヤジさん、お帰りなさい。ちょっと注文というかお願いというか……まぁ、注文には間違いないんだけど……」
「あ? なんだ、ハッキリとしねぇなぁ?」
この後の展開が分かっている分、ザクロの歯切れも悪い。何てったって、これから話すのは職人なら誰しも眉を顰める内容だ。
しかし、ここで尻込みしている暇もないのは事実。ザクロは腹を括った。
「1週間でポーション用の魔道具、作ってください!!」
やっと女の子が出てきました〜!