風散の季節の芽生え
ボーイ・ミーツ・ガールな話
春から初夏に移る長閑な日。庭の藤棚の藤の花から甘い香りが漂ってくる季節に初めて彼女に出会った。
『はじめまして。春乃芽生です。仲良くして頂けたら嬉しいです』
薄っすらと頬を紅く上気させて挨拶をしてくれたのは、長い前髪で瞳が隠れた同年代の少女。日に透けると紅が指すクセのない亜麻色の髪。前髪の隙間から灰色がかった明るい色の瞳が覗く。肌は白いが血色がよく子供特有のマロイ頬に小さく笑窪を作り照れたように微笑んで自己紹介される。
彼女は隣国の外交官であり、博物学者の父に付いてこの国に来た事、自分も父親同様に博物学に興味があり、この国の動植物を観察したいのだと嬉しそうに教えてくれた。
僕は国境沿いの領の三男坊だ。国境沿いのため、外交と防御を主としている。今日は外交の席で父と意気投合し友人となった外交官が昼食を共にしようとなり、自分たちの子供が同じ年頃だからと家族も同席する事となったそうだ。
外交が盛んな領の特性か、両親も上の兄たちも外交的でそれぞれに話に花を咲かせているが、僕は内向的で人見知り、それに口下手だ。挨拶されたのに、照れてしまって父親の後ろに隠れて袖の影から相手を伺う。本来なら失礼に当たる態度をとってしまったのに、彼女は全く気にした様子がなかった。前髪で隠れていたとはいえ、微かに見える目元は緩み、口元に淡く笑みを浮かべていたからだ。年長者が年下にみせる様な、けれど温かく見守る視線に僕の警戒心は和らぎ、父にも促されゆっくりと彼女に近づいてみる。
『名前を教えて頂けますか?』
彼女は僕の両手を軟らかく包んでそっと訪ねてくれた。恥ずかしくて何度も視線を動かし、俯向きつつ僕は小さな声で答えた。
『小鳥遊藤次郎』
『小鳥遊藤次郎さまですね。宜しくお願いします』
同じ年頃なのに物怖じしない所に、人見知りな僕は尊敬の念を抱いて見返す。僕もこんな風にハキハキと人と喋りたい。一緒に過ごしたら変われるだろうか?
『これからたくさん会えますか?…友達になれるでしょうか?』
少し意気込んで迫ってしまったのであの子はキョトンとした表情をして見返していた。驚いた顔は少し幼く見えるなと思いつつ、意気込んで声を掛けた事に頬に熱が集まる。恥ずかしくなり目を逸らそうとした瞬間。
『一緒に過ごす時間を作って頂けるなら嬉しいです。』
何処か安心したような、柔らかい笑顔を向けられ、僕の頬には先程以上に熱が集まる。それと同時に心臓が高鳴り歓喜しているのだと自覚する。これが僕とあの子との出会い。花が風に散る卯月の終わり、8歳の「風散」の季節の出来事だった。
藤と風散を掛けて初恋の芽生えを書きたかった。