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婚約破棄ですか? 了解です。二番目ならいざ知らず三番目はさすがに無理!

作者: 悠木 源基


 十七歳の伯爵令嬢であるメラニーは、魔術オタクの父親が勝手に決めた婚約者の、同じく伯爵家の嫡男であるハーリーにうんざりしていた。

 学園の入学と同時に十二歳で婚約したのだが、そろそろ限界に達していた。

 そしてついにこの日、彼女の積年の望みが叶うことになった……

 

 

 ✽✽✽✽✽✽✽

 

 

 婚約したばかりの頃、メラニーは母親のローゼットにこう訴えた。

 

「ハーリーは魔法研究に夢中で、私になんかこれっぽっちも関心がないのよ。多分私の顔も名前もまともに覚えちゃいないわ」

 

「さすがに名前は覚えているんじゃないかしら? メラニーなんて短い名前を覚えられないのなら、学園には入学できないでしょうから」

 

「どうかしら? 私のことはメニーと呼んでいるけれど、愛称というより正確に覚えていないんだと思うの。

 ハーリーは言ってたわ。君の名前が短くて助かった。長い名前だったら、それだけ時間を取られて無駄だろう? 

 名前なんてどうせ個人を識別するためだけのものだ。なるべく短い方がいい。君もそう思うだろう?ですって。

 長い名前を呼ぶことは人生にとって無駄だと言いながら、自分の大切な魔法の杖には名前をつけて、日に何度も愛しげに呼んでいるのよ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()、君のアシストは最高だった。今日もありがとう』

 って頬ずりしてるのよ。気持ち悪い!」

 

 ハーリーはいつも自分の好きなことだけに夢中で、それ以外のことには全く関心がない。

 メラニーがいくら話しかけても上の空で、返事を返してくれることはほとんどないかったのだ。

 

 その時母親のローゼットは言った。

 

「あなたもハーリー君の好きなものを好きになれば、一緒に話ができるわよ。私もそうだったもの」

 

 と。

 そう。彼女の夫であるメラニーの父親も魔法オタクだったから。

 そもそもメラニーとハーリーの婚約は、魔道具愛好会のサークル仲間だった父親同士が、より一層仲を深めたいと、二人で勝手に盛り上がって決めたものだった。

 

 メラニーは母親にそう助言されたので、それからは一生懸命に魔法の勉強をするようになった。

 そのおかげで魔法に関することだけは、なんとか彼と会話ができるようになったメラニーだった。

 そして気が付くといつしか彼女は、ハーリーに甲斐甲斐しく世話を焼く、まるでアシスタントのような立場になっていた。

 ハーリーは魔法馬鹿で、それ以外の一般常識に欠けていたからだ。

 

 そのうちにハーリーはいくつかの魔法具を生み出して、学園内でも高い評価を得るようになっていった。

 だから自分も婚約者の少しは役立っているのだと、メラニーは嬉しく思っていた。

 彼からは感謝の言葉など一切なかったし、アシスタントだけでなく婚約者としても、プレゼント一つ贈られたことはなかったけれど。

 

 しかしさすがのメラニーも、年頃になって周りが見えてくるようになると、次第に婚約者の自分への対応に不満を持つようになっていった。

 それは彼女の置かれていた環境が、他の婚約者持ちの友人達とはあまりにも違っていて、それを他人からも指摘されるようになってきたからだ。

 自分がハーリーに蔑ろにされていることを、ようやくメラニーは自覚するようになった。

 

 高等部に進級した時に、メラニーは婚約を解消したいと母のローゼットに言った。するとまたもや彼女の母はこう言った。

 

「『二兎を追うものは一兎も得ず』という諺があるでしょう?

 これはね、多くは男性に当て嵌まる諺なのよ。

 なんでも男性の脳がそういう構造になっているらしいわ。

 多くの女性はいくつかのことを同時にできるけど、男性の脳の持ち主は一つのことしかできないのですって。

 特に天才と呼ばれる優秀な人はそんなものなのよ。ハーリーも悪気はないのだと思うわ。

 だけどどんな人間だって飽きが来たり、関心が変わったりするものでしょう? お父様を見ればわかると思うけれど。

 だからもう少し大人になれば、ハーリーの関心も、魔法からあなたへと変わるかもしれないわ。

 それまではあなたも、ハーリー君を諦めなくてもいいんじゃないかしら。

 ただし、彼も十五歳になってもう小さな子供ではないわ。だから、そろそろあなたも彼の世話ばかり焼かないで、自分の好きなことを何か見つけて楽しんだ方がいいわね。

 それも一つだけじゃなくて二つでも三つでも。女にはそれができるのだから」

 

「だけどお母様。必ずしもハーリーの関心が魔法から私に変わるとは限らないわ。それどころか魔法の次という座も奪われるかもしれないし」

 

 私がそう言うと、母親は急に厳しい顔になってこう言った。

 

「その時はスッパリとハーリー君と別れなさい。そこまで蔑ろにされてまで結婚する必要はないわ。

 どんなことをしてもハーリー君との婚約を破棄させてあげるわ。

 でもそうなった場合、こちらに瑕疵がなくても、女性側は不利益を被るわ。

 だからあなたも今のうちから自分磨きをしておきなさい。将来自分一人でも生きていけるようにね」 

 

「お母様のように?」

 

「そうよ」

 

 両親は離婚はしていないが半年前から別居をしている。

 父は復縁を希望していて離婚する気はないが、母は離婚する気満々で、私が成人になるのを待っているようだ。

 

 実のところ、ローゼットもハーリーでは娘を幸せにできないだろうと思っていた。だから婚約の解消をしてやって欲しいと、これまでに何度も夫に訴えていたのだ。

 

 ところが親友の息子であり、しかも自分に似て魔法研究好きのハーリーを気に入っている夫は、どうしてもそれを認めてくれなかった。

 これまで娘はずっと蔑ろにされてきたというのに、ハーリーには大きな瑕疵がないのだから、婚約解消は無理だというのだ。

 自分の行いを悪いと思っていない夫が、自分によく似ているハーリーを悪いと思うはずがなかったのだ。

 

 だから仕方なくローゼットは、娘にこう言って宥めてきたのだ。ハーリーにとって貴女が魔法の次の位置にいるのなら、まだ我慢しなさいと。

 ただし娘が彼の三番目の存在になったら、もしくは彼がメラニー以外の女性に関心を持ったら、その時はどんなことをしてでも自分が別れさせてあげると。

 そしてそうなった時のために、自分を磨きなさい、力をつけなさいと。

 そしてその母のメッセージは、娘にちゃんと伝わっていたのだった。

 

 

 ✽✽✽

 

 

 メラニーの父は伯爵で王城の仕事だけはきちんとこなしていた。

 しかし私生活においては自分の好きなことばかりに夢中になって、家庭を全く顧みない人間だった。

 

 ところが半年前、久しぶりに魔法研究室のある別宅から自宅に帰ってきた時、妻がすぐに出迎えに出なかったことで不機嫌になった。

 ちょうどその時妻は、仕事の関係者と打ち合わせをしていたのだった。

 

 この時夫は初めて、妻が商会を立ち上げ、仕事に励んでいることを知った。

 彼は激怒し、仕事を終えてリビングに入ってきた妻にこう言った。

 

「伯爵夫人が仕事をするなんてみっともない。すぐにやめろ! 何?やめる気はないだと! それなら離婚だ。今すぐこの屋敷から出て行け!」

 

 すると妻は、久し振りに会った夫と、まともな会話を交わす間もなく、言われた通りそのまま平然と屋敷を出て行ってしまった。

 

 

 そもそもメラニーの両親は最初から夫婦の体をなしていなかった。父は魔法研究室のある別宅から城に通っていたので、本宅に戻って来るのは年に数日だったのだから。

 それでよく二人も子をもうけられたものだと、メラニーと弟は思っていた。

 母は夫に放っておかれた上に、女主としてたった独りで本宅や領地を守り、娘と息子を育ててきたのだ。

 

 そして二人の子供が学園に入学してようやく一息ついた時、ローゼットは燃え尽き症候群に陥った。張り詰めていた糸がプツリと切れたのだ。

 その時、空洞になった彼女の心を埋めてくれたのが、独身時代に好きだった洋裁と手芸だった。

 

 実は母が抜け殻状態に陥ったことを心配したメラニーが、恐れ多くも王弟妃殿下に手紙を出して、母のことを相談をしたのだ。

 妃殿下は元侯爵令嬢で、母ローゼットの学園時代からの親友だったので、メラニーも幼い頃から親しくさせてもらっていたからだ。

 

 そして相談を受けた王弟妃殿下が、ローゼットにこんな依頼をしたのだ。

 来月開くガーデンパーティー用の、つばの広い帽子を作って欲しいと。

 昔ローゼットはいつも手作りの帽子を被っていたのだが、それがとても素敵だったことを妃殿下はふと思い出したのだ。

 

 そしてその後あちらこちらから、帽子やポーチや小物などの注文依頼がローゼットの元に届くようになった。

 というのも、王弟妃殿下がローゼットの作った帽子を被ってガーデンパーティーに出席して、皆にそれを自慢したからだ。

 妃殿下は別に宣伝しようと思ったわけではなかったが、友人が作った帽子があまりに素敵だったので、ついつい見せびらかしたくなったらしい。

 すると何せ素人が作ったこれまでにない斬新なデザインだったので、やたらとその帽子が目立ち、あっという間に貴族のご婦人方の間で評判になったというわけだ。

 

 そしてかなりの数の注文がくるようになったので、ローゼットは店を持つことにしたのだ。

 しかもオープンしたその雑貨の店は、王族や貴族の方々の御用達になった。そのため、今では王都でも人気の店となっていたのだ。 


 ところが魔法以外に関心のないローゼットの夫は全くそのことに気付いていなかった。

 彼女はきちんとそのことを手紙で知らせてあったのだが、当然のごとく夫はそれを読んでいなかったのだ。

 そのためいきなり妻を怒鳴りつけ、すぐさま仕事をやめろと命じたわけだ。

 夫に放置された妻が一人でもなんとか子供と家を守ってこれたのは、仕事という生き甲斐があったおかげだというのに。

 

「仕事をやめろ!」

 

 そう命じられた瞬間、ローゼットは静かに憤った。そして二度と夫の顔など見たくないと思ったという。だから彼女は身一つですぐさま屋敷を出て行った。

 すると夫は、冷静になればすぐに戻ってくるさと、いつものように妻を放置したのだった。そしてその後彼は、死ぬほど悔やむことになった。

 

 母は夫などいなくても一人で生きていける。これまでもいないも同然だったのだから。

 母は二度とこの屋敷には戻らないだろうとメラニーと弟は思った。しかし、それを父に教えようとはしなかった。


 ローゼットが家を出て行って半年後、妻が本気で離婚を考えていることをようやく悟ったメラニーの父親は、魔法の研究を止めて本宅へ戻ってきた。

 そしてしばしば花束を抱えてローゼットの店を訪れては、彼女に追い払われていた。


「こぼれたミルクは元に戻らない。今頃お母様に関心を持っても無理なのにね」


 そんな父親の姿を見るたびに、メラニーは深いため息をつくのだった。

 


 ✽

 


 母から助言を受けたメラニーは、その後用がなければハーリーには近付かなくなった。

 彼女の方から近付かなければ、ハーリーと接触することはほとんどなかった。

 そしてメラニーがいなくなった途端、ハーリーの周りには多くのご令嬢達がまとわりつくようになった。

 

 新しい魔法や魔道具の開発で功績をあげているハーリーは、将来は王宮魔術師になるに違いないと噂される有望株だった。その上美形だった。

 だから以前から密かに彼を狙っている女性達も多かった。しかし、彼を甲斐甲斐しく世話を焼く婚約者が側にいたので、半ば諦めて近付かなかったのだろう。

 しかし、そのお邪魔虫がいなくなって、もしかしたら……と考えるご令嬢が増えたのだろう。

 

 そんな婚約者の様子を見てもメラニーはなんとも感じなかった。

 やっぱり自分はハーリーのことを好きでも何でもなかったんだ、と彼女は改めてそう思った。

 

『婚約者だから仲良くしなくちゃいけないと、ただそう思い込んでいただけだったんだわ。

 そりゃそうよね。一度も正確に自分の名前も呼んでくれない、自分に無関心の相手を好きになれるわけがないもの。私はマゾじゃないわ』

 

 そしてメラニーが距離を置くようになってから僅か一月後には、ハーリーは誰が見てもわかるくらい変わっていた。

 恋人ができて舞い上がっているのが、誰の目にも明らかだった。つまり浮気だった。

 

 そのハーリーの相手の女性は、メラニー達より格上の、侯爵家の令嬢であるスカーレットだった。とても同じ年とは思えないほど大人っぽくて、色っぽい美人だ。

 

 今まで魔法研究ばかりに夢中で他人に関心などなかったハーリーが、スカーレット嬢を見つめて顔を赤らめているのを見た時は、メラニーに衝撃が走った。

 あのハーリーが魔法以外に興味を持つなんて思ってもいなかったからだ。


『まあ、今まで彼が私に関心がなかったのは、私にスカーレット様のような魅力がなかったからだと言われればそれまでだけど』


 メラニーはこうため息をついた。そして確かに衝撃は受けたが、それによって今さら彼女が傷付くことはなかった。

 ただ単純に、ハーリーにとって自分が三番目以下の存在になった事実を確認しただけだった。


『今の彼の一番が魔法なのかスカーレット様なのかはわからないけれど、まあこの際それはどっちでもいいわ。

 今度こそきっと母も婚約破棄を認めてくれるわ。私以外に恋人ができたのだから。

 二番目ならともかく、三番目だなんて、そんなに屈辱的な思いをする必要はないって言ってくれていたしね』

 

 ✽✽✽

 

 そして婚約してから五年後、ついに念願だったハーリーとの婚約は破棄された。もちろん彼の有責であったので慰謝料もしっかり頂いた。

 何せ二人が抱擁してキスして保健室のベッドに潜り込んだ所まで、浮気の証拠写真がバッチリあったからだ。

 でも、自分で作った魔道具のカメラによって証拠が残ったと知ったら、ハーリーがどんな顔をするのか見物だわ。メラニーはつい意地の悪いことを想像してしまったのだった。

 

 

 ハーリーと距離を置くようになった後、メラニーの環境も大きく変化した。

 ハーリーに尽くしていた時間を自分にあてるようになったので、自分磨きに時間を割けるようになったのだ。

 メラニーは醜いアヒルの子が白鳥になったかのように、誰もが振り返るほどの美人になった。

 まあ元がいいのだから少し手をかけるだけで美しくなるのは当然といえば当然だったのだが。

 

 その上今まではハーリーの陰に隠れていて気付かれなかったのだが、メラニー自身もとても優秀だった。

 しかもメラニーがハーリーだけにではなく、誰に対しても面倒見が良くて優しくて人懐こい性格だと分かると、あっという間に人気者になった。

 

 多くの同級生達はメラニー達が婚約を解消したことを知らなかったが、ハーリーなんかにメラニーは勿体ない。離れられて良かったと思った。

 そしてあんなに尽くしていたメラニーを放って、堂々と浮気をしているハーリーに軽蔑の眼差しを向けるようになっていった。

 

 

 そもそもメラニーが魔法の勉強を始めたのは、ハーリーとの関係を少しでも良くしようと思ったからだった。

 最初は魔法が嫌いだった。魔法なんてものに父親が取り憑かれなければ、家族揃って幸せに暮らせたかも知れないと、幼い頃から思っていたからだ。

 しかし学んでいるうちに次第に彼女も魔法というか魔道具に興味が出てきた。いかに魔道具が人々の生活に役立っているか、そのことに気付いたからだ。

 いつしかメラニーは、人の暮らしを助けるための魔道具を作りたい、そう考えるようになった。そして積極的に魔法の勉強をするようになり、やがて自分でも実験をしたくなってきた。

 

 ところが拘りの強いハーリーは、少しでも彼と違う意見を述べると、酷く機嫌が悪くなったので、アシスタントをしている時はただ彼の指示に従うしかなった。

 しかしハーリーと婚約を解消したメラニーは、もう彼に気兼ねする必要がなくなった。そして、自由に魔道具の勉強や実験ができるようになった。

 独自の発想で、自由に研究や実験することはとても楽しかった。

 

 そしてその後メラニーは、自分の名前で論文を提出したり、魔道具を使った様々な競技会などにも参加するようになった。

 

 たまに一人で実験するのが難しいこともあったが、その時は弟や魔道具を作る時の材料の調達先である商会の若い職員が、メラニーを手伝ってくれた。

 

 学園の最終学年をそんな風に非常に有意義に過ごしていたメラニーだったが、とある魔道具の競技大会で、ハーリーから突然声をかけられた。

 

「君さ、ここのところ三回連続で優勝しているよね? 君を見かけるようになったのはここ半年くらいだけど、その魔道具は本当に君が作ったのかい?」

 

「どういう意味ですか?」

 

「つまり師匠筋が作ったものか、誰かのを真似をしたのか」

 

「私には師匠はいませんよ。まあ父親は魔道具研究をしていたから、その血は引き継いでいたかもしれませんが、実際目にしたことはありません。

 ()()()()も魔法オタクだったので、私は彼のアシスタントをしていました。けれど、彼から直接教えを受けたことはありませんでした。

 だから私の魔道具は全て、元婚約者と別れてから私が一人で考えたオリジナルですよ。

 ええと、優勝者として私が一つアドバイスできるとしたら、あなたはもっと頭を柔軟にして、拘りを捨てて研究をした方がいいんじゃないのですか?

 このところのあなたの作品は、拘りが強くて、商品化しても売れそうにないものばかりですよね」

 

「なんだと!」

 

 このところ審査委員から言われ続けている批評と同じことを言われたハーリーは、カッとして思わず手を振り上げた。

 しかしその腕はメラニーの隣にいた黒髪の美丈夫に掴まれて、身動きが取れなくなった。

 

「警備員、女性に暴力を振るおうとした男を確保しました」

 

 ハーリーを捕まえた男性の名前はブライアン。メラニーが魔道具製作に必要な材料を買い求めている商会の跡取り息子で、子爵令息だ。

 以前から彼は、特殊でなかなか手に入らないような魔法の実験の材料でも、四方八方手を回して取り寄せてくれて、いつもメラニーに協力してくれていた。

 そして、彼女の背中を押して応援してくれた。

 今回もメラニーの弟に用事ができたために、ブライアンが代わりに手伝いに来てくれていたのだ。


「まあ、助手というよりは護衛みたいなものだけどね」


 ブライアンはこう言って笑っていたが、実際にしっかりとメラニーを守ってくれた。

 何でも仕事上、世界各国の危険な場所へも足を運んでいるので、普段から体を鍛えて武道に励んでいるのだそうだ。

 

 ハーリーは大会に負けた腹いせに、優勝者の女性に暴力を振るおうとしたとして、大会から永久追放になった。もちろん学園からも注意を受けて、彼の評価は地に落ちた。

 そもそもこのところやることなすこと上手くいかなくて、ハーリーはずっとイライラしていたのだ。

 だから、大会で優勝した()()()()()()にまで絡んでしまったのだった。

 

 ずっと順調だった研究はどうしたことか全く進まなくなったし、恋人のスカーレットはやれ贈り物が欲しいだとか、遊びに出かけたいとか要求ばかりしてきて煩わしい。

 そのくせ元婚約者のメニーのように研究の手伝いをしてくるわけでも、身の回りの世話をしてくれるわけでもなかった。

 あんな顔とスタイルだけがいい女よりも、メニーの方が見てくれは悪いけど役に立つ。やっぱりメニーを側に置いて、あの邪魔なスカーレットは捨ててしまおう。

 とハーリーは思った。

 

 そしてそう決心した翌日、ハーリーは自分の婚約者の教室へと向かったが、彼は婚約者に会うことはできなかった。

 その後五日間も通ったが、やはりメニーには会えなかったので、ハーリーは腹を立てた。そして彼女の教室の中にいる生徒達に向かってこう叫んだ。

 

「メニーに伝えておいてくれ。今日中に僕に会いに来るようにと。もし来なかったら婚約破棄するとね」

 

 するとそれを聞いた見知らぬ、いや、どこかで見たような気がする美少女が、スーッとハーリーの前に立ってこう言った。

 

「ハーリー様。このクラス、いえこの学園にメニーという名の生徒はおりませんわ」

 

「はぁ~? 僕の婚約者の名はメニーだぞ。しかもこのクラスにいるはずだ」

 

「ですから、そもそも貴方の()()()()の名前はメニーではありませんわ」

 

「元婚約者とはどういう意味だ?」

 

 ハーリーは目の前の美少女の言っている意味が分からずに、呆けた顔をしながら尋ねた。すると彼女はこう言った。

 

「貴方は婚約者であった私メラニーから、半年も前に婚約破棄されているのですよ。浮気の証拠を提示されて。身に覚えがないとは言わせませんよ。

 浮気と婚約破棄が表沙汰になったら息子の将来に傷が付くから、卒業まで発表しないでくれと、貴方のお父様に土下座されたので、こちらはそれを隠してきました。

 しかし有責者である貴方から婚約破棄するなどと言われたので、真実を発表させてもらうことにしました。こちらの名誉を傷付けられたら、たまったものではないですからね」

 

「メニー? えっ、メラニー? 君は確か魔道具競技会の優勝者?」

 

 ハーリーはもうわけがわからなくなって、その場に座り込んだのだった。

 

 

 

 ✽✽✽✽✽

 

 

 

 その後ハーリーは王城の王宮魔術師の試験に落ちてしまった。しかし一般の官吏試験には合格していたので、卒業後にスカーレットと結婚して、地方の魔法局に赴任した。

 

 スカーレットは確かに侯爵令嬢だった。しかし没落していたので、贅沢な暮らしをしたくて将来有望とされていたハーリーに狙いをつけた。

 彼に婚約者がいることはわかっていたが、世間知らずでうぶなハーリーなら色仕掛で落とせると思ったのだ。 

 婚約者のメラニーは、ハーリーの言いなりになっている地味で大人しそうな令嬢だ。きっと大人しく引き下がるだろうと。

 

 しかし、ハーリーは王宮魔術師の試験に落ちてしまった上に、色々と問題を起こして将来出世する見込みがなくなってしまった。

 それ故に期待外れとばかりに、スカーレットはハーリーとの縁を切ろうとした。

 ところがハーリーの両親はそれを許さなかった。前途洋々だった息子の将来を潰したのはスカーレットだったからだ。

 

 彼女が誘惑さえしなければハーリーは浮気などせず、才色兼備のメラニーとそのまま結婚していただろう。

 そしてたとえ世間知らずの変わり者でも、有能な妻にずっと支えてもらって、出世街道を進めたに違いないと。

 

 彼らはスカーレットと彼女の両親の侯爵夫妻に例の浮気写真を見せて、息子と結婚しなければこれを世間に公表するぞと脅した。これを発表されて困るのはそちらの方だろうと。

 そして二人が結婚しなければ、両家には多大な慰謝料が請求されることになっていると告げた。

 二人に大事な娘を蔑ろにされたと、メラニーの父親が激怒していたからである。

 すると支払う金のない侯爵家は、嫌でもそれに従わざるを得なかったのだ。

 

 ハーリーとスカーレットの結婚を後で知ったメラニーは、愛し合う二人が結ばれて本当に良かったと、心から祝福した。

 あの魔法一筋だったハーリーが、魔法研究のことを一瞬でも忘れるほど好きになった女性と結ばれたのだから。

 メラニーは、元婚約者の結婚の裏事情を知らなかった。


 結局自分は婚約者でありながら、彼の一番どころか二番目にもなれなかったわね、とメラニーは過去を思い返しながら思った。

 でもそれを悔しいとも残念だとも彼女は思わなかった。

 父親のせいで嫌いになっていた魔法を、ハーリーのおかげで好きになれた。そしてその延長線でメラニーは魔道具製作者になることができたのだ。

 その上、その魔道具製作に携わることになったおかげで、ブライアンと知り合って、彼の一番になれたのだから。

 

「カランカラン……」

 

 商会の扉が開く度に、

 

「「いらっしゃいませ!」」

 

 仲の良い若夫婦の幸せな声が、今日も店の中に響いていたのだった。

 


 読んで下さってありがとうございました!


 弟視点でも話を書いてみました。こちらも読んで下さると嬉しいです。題名は、

「三番目? いや君は一番に決まってるだろう! 〜婚約破棄ですか? 了解です。二番目ならいざ知らず三番目はさすがに無理!の弟視点〜」です!


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