冗長な話① ファミコンが欲しい
冗長な話① ファミコンが欲しい
夏休みだ。あの話題のファミコン用ゲームソフト、ドラクエがやりたい。
すでに発売から三カ月が過ぎている、クラスの中ではもうクリアしたやつらばかりのようだ。そんな話題が聞こえてくる。
だが、俺はファミコンの本体すら持ってはいない。先ずはその課題をクリアしなければならない。
オカンにねだっても、どうせ断られる。オトンとは最近口もきいてない。何か、何か妙案はないものなのか。
「ねぇねぇ、アリス。お願いがあるんだけど。」
「どうしたの、ショーヘイ。」
「僕ね、ファミコンが欲しいんだ。それから、ドラクエってソフトも。」
「ふーん、そうなんだ。それで。」
「買ってよ、ファミコン。」
「え、いやよ。何で私が買うのよ。」
「いや、僕には買うお金がないから。」
「理由になってないわよ、それにあなたはPC持っているじゃない。それで、ウィザードリー楽しんでいたじゃない。」
「違うんだよ、ウィザードリーみたいな3Dポリゴンのダンジョンで、魔物のグラフィックがしょぼくて、宝箱開けるのを失敗して、すぐ死ぬシーフを育てる必要があるとか、そういうのじゃないだよ。」
「んー、何を言っているのか良く分からないけど、それじゃダメなのね。だったら、この間一緒に遊んであげた、ダンジョンズ&ドラゴンズを楽しんだら良いじゃない。」
「違うんだって、ゲームマスターとしてルールを読み込んでも、誰も一緒にやってくれないんだよ、ダイス振って当たり判定とか今時じゃないんだよ。」
「そんなことはないわよ、面白いわよ。単にショーヘイに友達がいないだけでしょ。」
「それはそうだけど、それ言われたら反論出来ない。」
「はい、じゃーこの話しは終りね。はい、おやすみなさい。」
予想通りアリスにも断られてしまったか。もう打つ手はないな。
誰かファミコンとドラクエを持っている奴で、家にお邪魔して、長時間プレイさせてくれる奴でも探すしかない。
そんな都合の良い奴なんているのかな、いればラッキーだな。
クラップシリイでの農作業は週に1回だ。ファミコンも無い。暇で仕方がないので、たまには部活にでも力を入れてみようかと思う。
練習はだいたい午前だけだ、基礎体力向上で、走り込みと筋トレ、ボールを触れるのは一時間もない。
上手くなりたいと思う気持ちもなく、試合に出たいわけでもない、動機が不純だけに走り込みも筋トレも退屈この上ない。
ただただ、満里奈ちゃんが見られれば、それでいい。それで我慢が出来る。
そんな夏休みを過ごし、少し経ったころ、体育教師軍団のドン山中に呼び出された。ドン山中は真っ黒に日焼けし、ポロシャツの胸元から、ごつい金のネックレスを見せ、いつも竹刀を持って歩いている、見た目反社の人間だ。
彼は、中身も反社で、気に入らないことがあれば、平気で生徒に手をあげる。俺も竹刀で頭を殴られた事は数えきれない。
そんなドン山中に、体育準備室、通称拷問室に呼び出された。呼び出される心当たりが数多くあり過ぎて、何が理由か検討もつかなかった。
ドン山中は、拷問室で座って待っていた。置いてあるパイプ椅子に座るよう言われ、勧められるままに座った。ドン山中は語り掛けるよう、諭すように話しをはじめた。
「山田よ、お前何で呼び出されたかわかるか。」
「いいえ、わかりません。」
「単刀直入に言うが、お前に女子生徒から苦情が来ている。イヤらしい目つきで見られて、気分が悪いと。他の生徒にも確認を取ったが、事実だと思う。
どうだ、心当たりあるか。」
「じっくり見ていることはありますが、イヤらしい目つきかはわかりません。」
「そうか、中学生男子が異性に興味を持つことは普通だ、何も悪い事じゃない。ただ、人を不快な思いにさせてはいけない、それは分かるな。」
「はい、わかります。」
「では、当面部活に出なくて良いから、家でおとなしく、反省しとけ。話しは以上だ。」
「わかりました、では失礼します。」
そう言って、俺は席を立ち、拷問室を後にした。そして帰宅した。
満里奈ちゃんの揺れる胸を見ることも出来なくなり、ファミコンもない、最悪の夏休みだ。仕方が無いから、家でテレビでも見て、毎日をだらだらと過ごそう。
何もやらなくとも時間だけは過ぎて行くようで、一日興味の湧かないテレビを見ていても、あっという間に夕方になる。
夕方になれば夕ニャンがあるので、おニャン子でも見て気を紛らわそう。
美奈代ちゃんは歌っている時、ミニスカートの中が見えそうで見えない。テレビの下から画面を見てみるが、やはり見えない。
残念だ。だが、本当に見えてしまったら、それは良くないのだろう。見えそうで見えない、これが良いのだろう。
「ねぇ、アリス。僕、部活行かなくても良くなったんだ。」
「そうなの、良かったじゃない。」
「うん、良かった。でもさー、暇なんだよね。」
「じゃぁ、クラップシリイで農作業する?」
「いや、農作業は週一でいいや。」
「そう、残念ね。」
「だからさ、ファミコン買ってよ。」
「あー、まだ言っているのね。無理よ、絶対に無理。」
「なんでだよ、こんなに頼んでるのに。どうして僕のことを助けてくれないんだよ。」
「どうしても欲しい物があるなら、自分で働いて買えるようになってから買いなさい。」
「どうして、アリスまでそんな母親みたいなこと言うんだよ。」
「それが、正論だからなのよ。いくら粘っても無駄よ。」
「アリスは冷たいね。」
「そう?私は冷たい?」
そう言って、抱きしめてくれたアリスは、とても暖かかった。
「ごめんよ、アリスわがまま言って。アリスは冷たくなんかないよ。」
「良かった、冷たくなくて。」
「毎日テレビでも見て過ごすよ。」
「そうね、たまには勉強も忘れずにね。」
「うん、わかった。」
「いい子ね。それから、ショーヘイに言っておくけど、私、この世界のお金持ってないから。」
俺は思い知った、アリスにねだっても無駄だってことに。