9.お見合いのようなもの
次の日の夜、早速わたしはお父様に呼び出された。何か進展があったのだろうか。さすがに早すぎるような気もするけれど……。
「というわけで、明日城に来なさい。もちろん家の者に知られずに、だぞ」
「何が、というわけでですか。いきなりすぎます。どうしてわたしがお城に行く必要があるのですか?」
お父様はいきなりお城に来るように言ってきた。
どうしてまた急にお城に? 一度目の人生のことや精霊との約束について説明を求められているのかしら。
「リリアーナが言ったのではないか。結婚はどうするのか、と」
「言いましたけど、それと何の関係が?」
「お見合いだ。これで気が合えばこの計画に問題はないだろう?」
「大ありです。お見合いだなんて……。気が合わなかったら、……お断りされたらどうするのですか?」
「そのときは別の方法を考えよう。一番はおまえの幸せだ」
「お父様……」
お父様はわたしの幸せを一番に考えてくれているようだ。素直に嬉しい。
だとしても展開が早すぎる。急にお見合いなんて。
別の方法を考えるなら早く会わなければいけないのは理解できるけど……。
「なぁに。断られることはないと思うぞ。王弟殿下はリリアーナに興味津々だ。問題ないだろう」
「お父様、王弟殿下にいったい何を言ったのですか?」
わたしはお父様をじっと睨む。が、お父様はどこ吹く風だ。
話をしたこともないわたしに王弟殿下が興味津々なんておかしい。何かおかしなことを吹き込んだとしか思えない。
「変なことは言っとらんよ。リリアーナが話してくれたことを話して、姿絵を見せたくらいだ。王弟殿下はとても乗り気なので気楽にいくといい」
「お父様! 気楽になんていけるわけがありません!」
気楽になんていけるわけがない。お父様は仕事柄普通に会話できる間柄かもしれないけれど、わたしは遠くから見かけたことがあるくらいの関係だ。その時も王弟殿下の周囲には人だかりが出来ていて挨拶なんてできなかった。
それなのに急にお見合い? 昨日の今日よ? 展開が早すぎるわ。
「さぁさぁ、おまえは早く寝て肌の調子でも整えておきなさい」
そう言ってわたしは部屋から追い出された。
お父様ったら強引なんだから。
思えばこんなに気楽にお父様と話をしたことがあっただろうか……。多分なかったと思う。わたしは改めて二度目の人生に感謝した。
「はぁ、まさかこんなことになるなんて……」
思わずため息がもれた。
……待って。明日は何を着ていけば良いの?
お父様の部屋を出て冷静になると現実的な問題に直面した。
どうしよう……。
そう悩んでいると、背中にあるドアが開いた。
「良かった。まだ部屋に戻っていなかったようだな」
「なんでしょうか?」
「伝え忘れたことがあったよ」
そう言われてわたしは再びお父様の部屋に入る。
「お前のことだから明日何を着ていけば良いか悩んでいるのではないかと思ってな」
「そうですけど……」
「安心しなさい。きちんと手はずは整えてある」
「そうなのですか? どうしようかと途方に暮れていたのです」
「だと思ったよ。このメモにある場所に行きなさい。着替えと人は手配済みだから何も心配しなくていいぞ」
お父様……。なんて手回しが良いのかしら。
「驚きました。お父様はなんでもお見通しなのですね」
「あ、あぁ。まぁ、それくらいはな」
***
次の日、わたしは適当な理由をつけて家を出た。一度街に出てから馬車を乗り換えるためだ。今のわたしは婚約破棄されたかわいそうな娘である。一人になりたい、と強く言えば引き下がってくれた。
時間になったら迎えに来て欲しいとお願いして一度帰ってもらった。わざわざ乗り換えるのは家の馬車で城に向かってはどこから話が漏れるかわからないからである。
お父様が着替えを用意してくれているのよね。
お城に行くのも王族に会うのもそれに相応しい格好が必要だもの。とてもありがたいわ。
わたしは乗り換えた馬車に乗ってお父様のメモに書かれている場所に向かった。
「本当にここで良いのかしら? お父様が間違えるはずなんてないし……」
指定された場所に来たけれど、目の前にはちょっとしたお屋敷がある。知らないお屋敷だ。
てっきりどこかのお店かと思ったのだけれど違ったらしい。
馬車を降りると、どうしようかと悩む間もなく、きれいな女性に声をかけられた。このお屋敷のメイドだろうか。
「リリアーナ様ですね。お待ちしておりました」
「リリアーナと申します。こちらに来るように言われて来たのですが……」
「はい。準備はできております。お入りください」
突然のお願いだったはずなのに、なんだか歓迎されているような気がする。
一体誰のお屋敷なのかしら。お父様のお知り合い?
この人に聞いても困ってしまうわよね。
部屋に案内されるとあっという間に着替えさせられた。髪型もお化粧も完璧に整えられている。
シンプルだけど、品があるドレスだ。これならお城で王族に会うのも問題ない。
というか、本格的にお見合いっぽい。ますます気楽になんていけない。
着替えたわたしはお礼を言って再び馬車に乗り、お城に向かった。
わたしはお父様から渡されていた招待状を城門で見せると、当たり前だがあっさり通してくれた。馬車から降りると城の兵士に案内される。行き先はお父様の執務室だ。
お父様は難しく考えなくていいと言っていたがそれは難しい。
一応、お会いしたことはあるけれど、話したことはない。離れたところから見たことがあるくらいで、ほぼ初対面といっても良い。とにかくきれいな顔をしている、という印象しかない。
そんな人と何を話せというのだろうか。認識だってされていないはずだ。
王弟殿下は今の王とはずいぶん歳が離れている。確か今年23歳だっただろうか。わたしより少し年上だ。人気はあるはずなのに特定の女性の噂も聞かない。もしかしたら女性が苦手なのかもしれない。
これまでだってたくさんの色んな縁談の話があったはずだもの。それを全部断るなんて何か理由があるはずだわ。
せめて、嫌われないようにしないと。お父様に余計な迷惑をかけては大変だわ。何か共通の話題とかあれば良いのだけど……。だめ、どう考えても気の利いた話題なんて浮かばないわ。
わたしは特に面白みもないつまらない人間だもの……。
お父様の職場に来るのなんてずいぶん久しぶりよね。
色々なことを考えながら歩いているとお父様の執務室の前にきていた。
これはもう、お父様に相談するしかないわ。
わたしを案内してくれた城の兵士はお父様の執務室のドアをノックする。
「リリアーナ様をお連れしました」
「あぁ、ありがとう。入ってもらってくれ」