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6.不思議な出会いと約束(一度目の人生⑤)

 あまりのショックな出来事にマリーベルの子どもは流れてしまった。そのショックも重なり今は伏せっている。

 仕方がないだろう。もし、自分もお父様の子どもでなく聖女の契約が出来ないことを知ったり、そのせいで子どももいるのに結婚直後に捨てられそうになったら……。

 いえ、意外と大丈夫かもしれないわね。今もこうして冷静なのだもの。マリーベルも心配だけど、それよりこの領地と領民が心配だわ。


 わたしが不在の間に不倫したマリーベルのことは許せないが、今はそれ以上にジルベルトたちが許せない。

 わたしが土地を癒やしている間は子どもを設けるのは難しいが早く跡継ぎは欲しい。土地の癒やしと平行して跡継ぎを確保したかったようだ。

 カレンベルク家の人間たちは効率良く自分たちの希望を叶えるために、早々にわたしを旅立たせ、マリーベルの気持ちを利用した。

 マリーベルが妊娠し、わたしとの離婚が決まったあともわたしに土地を癒やせと言うような人たちだ。

 わたしがあの時帰宅しなければ、子どもができていなければ、未だに隠れて関係を続けていたのかもしれない。帰宅したら知らない子どもがいた、なんてことになっていたのかと思うとぞっとする。

 わたしをお払い箱にしておきながら、マリーベルが聖女になれないなら要らないと言う。なんて身勝手な人たちなのだろう。

 聖女は物じゃない。わたしに対する仕打ちも、マリーベルに対する仕打ちも人に対するものではない。

 あの人たちは人の心をどこかに捨ててきてしまったようだ。

 領地が大変だという割には何もしていないことに腹が立つ。領民に苦労を強いていて自分たちは何不自由ない生活。少しでも力があるなら命を削ったとしても、効果が少しだったとしても努力して土地を癒やせばいい。それが領主一族の役目だ。それなのに、カレンベルクの家の様子からは領地の惨状は予想できないほど良い生活をしている。

 さらに言うなら、わたしが初めてこの家に来たときより生活レベルが向上しているように見える。もしかしたら、わたしがいるときにはわざと生活レベルを下げる芝居をしていたのかもしれない。それでも充分贅沢な暮らしだったけれど。

 お父様も国から支援をおこなっているはずなのに改善しないことを不思議がっていた。


 わたしは早々にこの土地から離れて実家に帰りたかった。けれど、わたしは領民たちの惨状を見ている。マリーベルがあんな状態ではいつジルベルトの領地を癒やせるようになるかわからない。

 一番悪いのは浮気男。マリーベルはこれから実家に帰ることもできず、ここで生きていくしかない。マリーベルは効率が悪くても土地を癒やすことはできるため、わたしが再婚に同意しない以上ジルベルトは離婚しないだろうから。

 マリーベルを恨む気持ちはあるが、今はかわいそうに思う気持ちの方が少し大きい。……そう思えるのはジルベルトに全く気持ちが無いからかもしれない。

 愚かな領主一族のために領民が苦しむのは許せない。各地で出会った領民のこと思えば放っておくなんてことはできなかった。最低限のところは回復させなければと思う。

 悔しかったが、わたしは領民のため再び旅に出ることにした。

 お父様はこの土地は別の人間に任せて、他の土地に行っても良いと言ってくれた。マリーベルが回復するまでは別の人間を派遣してくれると。けれど、わたしは断った。このままわたしが続ける方が効率が良いはずだから。




***


 わたしの旅もそろそろ終盤だ。早く帰りたい一心でかなり無理のある行程でやってきた。

 さすがに無謀だったかもしれない。今日はここで終わりにしよう。そう決めて土地に力を流して癒やしていく。

 わたしはすでにこの土地との契約を解除してしまった。そのため、とても効率が悪い。再契約をすればいいのかもしれないが、ジルベルトたちと契約するのはごめんだ。

 再契約は負担がかかるし、また解除することを考えるとどれだけ悪影響があるかわからない。癒やしの力を全て失ってしまう可能性もある。

 契約は解除したものの、この指輪にはほんの少し力が残っている。わたしはこの指輪の力を借りて土地を癒やしていた。


 ……まずい。力を流しすぎたかも。

 この土地はわたしが思っていた以上に枯れていたらしい。思い切り力が吸われていく。

 駄目、止められない。

 必死に止めようとしてもずるずると体から力が抜けていく。

 自分の力を制御できない。

 もう駄目……。

 わたしの意識はそこで途絶えた。




『……わたしの声が聞こえますか?』


 暗闇の中、どこからか声がする。温かく、優しい声だ。

 わたしはなんだか答えないといけないような気がした。


「なんでしょうか?」

『良かった。わたしの声が聞こえるのですね』


 なんだろう。声は聞こえるが何も見えない。これが死後の世界というものだろうか。


『この土地を癒やしてくれてありがとう。ごめんなさい。あなたの力を奪いすぎてしまいました』


 んん?


『ここまで奪うつもりはなかったのです』

「あなたはいったい何者でしょうか?」

『わたしはこの土地に宿るものです。人々が言う精霊のようなものでしょうか。あなたと契約していたものです』

 

 土地に宿る精霊のようなものかぁ……。

 どうやら本格的にわたしは死んでしまったらしい。

 なんて呆気ない最後だろうか。

 力の加減が出来ずに死んでしまうなんて情けない。

 お父様に修行不足と怒られてしまうかしら。お父様は悲しんでくれると思うけど、お母様は悲しんでくれるかしら。


『あなたは契約中はもちろん、契約が解除されたあともこの土地を思って癒やしてくれましたね。本当に感謝しています。あなたの命を戻すことはできませんが、代わりにあなたの時間を戻します。良ければやり直してください。このような領主とかかわらない人生を……』

「やり直す?」

『えぇ、この土地の領主は領主の自覚も無く、領民を苦しめ、あなたに大変な苦労をかけました。時間を戻すのでどうか別の人生を歩んでください。……できればこの土地も救ってくれると嬉しいですけど』


 どうやら人生のやり直しをさせてくれるそうだ。ただ、やり直しといってもこの状況は放置できない。

 わたしが癒やさなければこの領地の人間はどうなってしまうのか……。それにできればと言いながらもこの土地をなんとかして欲しいのが伝わってくる。

 正直、こんな人生なんてやり直さなくてもいいくらい疲れてしまった。

 でも、わたしにやれることがまだあるのなら? できるのに何もしないなんて安らかに眠れそうにない。


「わかりました。わたしが人生をやり直すことでここの土地の人々やあなたが救われるならやり直します。ジルベルトたちにはこの土地は任せられません」

『……ありがとう。やはり、あなたは本当に優しい人ですね』

「ジルベルトを領主の座から降ろし、この土地を癒やせば良いのですね?」

『そうです。大変だとは思いますが、よろしくお願いします。わたしにできることはあまりありませんが、少しだけお手伝いしますね。またお会いしましょう』


 

 温かく強い力を感じる。そこでわたしの意識は再び途切れた。


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