4.離婚の成立と儀式(一度目の人生③)
わたしとジルベルトの離婚は成立した。そして、ジルベルトとマリーベルの結婚も。
お父様はこんなことになってしまい悲しんでいたが、お母様はマリーベルが望んだ相手と結婚出来ることを喜んでいる。お母様は最初からマリーベルと結婚させれば良かったのにと言っていた。
わたしだってそっちの方が良かった。最初からそうであればこんな思いをしなくてすんだのに……。
お父様はマリーベルたちの結婚式に参加しなくて良いと言ってくれたが、お母様はそれを許さなかった。姉として妹を祝福する気持ちはないのかとわたしを叱った。
正直、不倫の末の再婚や領地の状況を考えるとこんなに立派な結婚式は必要なのかと思うけれど、お母様が気合いを入れて全て準備を行った。
もちろん、わたしの結婚式は領地が大変だからととても簡素なものだった。
元義理の家族はとてもにこやかだ。聖女と一緒に跡継ぎが確保できたのが嬉しいらしい。二人の関係も諫めるどころか積極的に支援していたとか……。マリーベルはわたしなんかよりもずっとこの家に馴染んでいた。
わたしは家族になったはずだったのに家族にはなれなかった。
おかしな話だけれど、わたしよりもずっとこの家にいた時間は長いものね。当然なのかもしれないわ……。
元義理の家族たちは今日まで何度もマリーベルの代わりに土地を癒やすように迫ってきた。
自分たちでやろうという発想はないのだろうか。なんという人たちだろう。こんな人たちのためにわたしは土地を癒やしていたのか。
こんな人間たちが領主一族だなんて、領民はなんて不幸なのだろうか。
領地を巡る旅は楽なものではない。旅自体が大変なものであるし、『癒し』を行うには相当な力を使う。力を使いすぎれば命だって危ない。その苦労をこの人たちは理解しているのだろうか……。
きっとぎりぎりまで力を使ったことなどないのだろう。
***
わたしたちは今ジルベルトの家の契約の間にいる。ここは契約を行う者しか入れない。
これからわたしとこの土地の契約を解除し、マリーベルが契約する。
この契約には特別な力を持った家の当主の力が必要だ。この国にその家は三つしかない。わたしの実家である『ルーン』の家もその一つだ。
儀式には『ルーン』のような特別な力を持った家の当主が必要であり、儀式の内容は当主と契約する聖女しか知ることができない。『ルーン』の当主が認めた者だけが他の土地と契約することができる。
契約するとその土地に縛られることになるが、さらに強大な力を使うことができる。契約しなくても土地は癒やせるが効率が全く違うのだ。
わたしは契約前にもこの土地を癒やしたことがあるのでよくわかる。これほど荒れた広い領地を癒やしていくにはその土地との契約が必須といえるだろう。
「リリアーナ、よく頑張ったな。この領地もずいぶん回復した。これからはマリーベルがこの土地の聖女になる。あとは任せなさい」
お父様だけは頑張ったと言ってくれた。お父様は誰よりも大変さをわかっているからだろう。
お父様は『ルーン』の当主として特別で大きな力を持っている。聖女ではないものの、その力を国の為に使っている。
この国全体と契約しているようなものだ。力を使って癒やすだけでなく、力が足りていないところを把握して、聖女や強い力を持った人間を派遣している。
お母様もマリーベルのために、この土地を癒やすよう言ってきたが、お父様がはね除けてくれた。領主のわがままで聖女を二人も独占するようなことはお父様は許さなかった。
「マリーベル、これからはおまえがこの土地の聖女だ。聖女としてしっかり土地を癒やすように」
「はい、お父様。不安ですが、頑張ります。本当はお姉様に手伝ってもらえれば安心なのですが……」
「マリーベル。おまえはリリアーナからすべてを奪ったのだから一人で頑張りなさい。この土地の聖女になりたかったのだろう? それにリリアーナには別の使命がある」
マリーベルが出て行く以上、わたしは家に戻って力を繋いだり、他の土地の癒しを行ったりしなければならない。
マリーベルはこの家に生まれた割にどうもそういった意識に欠けている。大丈夫だろうか。
お母様に甘やかされて育ったからだろうか。昔からお母様はマリーベルにとても甘かった。
「では、始めよう」
まずはわたしの契約の解除からだ。聖女の証の指輪に二人で血を垂らす。
この指輪はわたしとこの土地を繋いでいるものだ。契約し、土地に受け入れられるとその土地の力が指輪に入り、わたしの力と混ざり合う。この指輪が媒介となって土地に力を流しやすくなるのだ。
お父様とわたしは祈りを捧げる。わたしは魔法陣に手を重ね、契約のためにこの土地に流していた力を引きあげた。ズルズルと地面から力を引き上げる感触だ。力が戻ってくる。
無事この土地との契約が解除され、わたしの力は『ルーン』に戻った。指輪からもこの土地の気配が消えた。正確にはうっすらと残っているが殆どわたしの力で満たされていて、この土地と繋がることはできない状態だ。
短い時間とはいえ、ずっと一緒にいた気配がなくなり、喪失感がある。
これで良かったのよね……?
次はマリーベルの番だ。新しい指輪にお父様とマリーベルが同じように血を垂らし、今度はお父様とマリーベルが祈りを捧げる。
だが、何も起こらない。
……? 何かおかしい。もしかして儀式が失敗した? 本来ならば指輪が光り、力が溢れてくるはずだ。
「お父様、これって……」
わたしは思わず父に訊いてしまう。
「まさか……。そんなはずは……」
わたしの言葉は耳に届いていないようだ。普段は冷静なお父様が青ざめ、うろたえている。
そんなお父様を見てもマリーベルは不思議に思わず、無事に契約が終わったのかを訊く。
何も変化を感じていない時点で契約が終わっていない証拠ではないだろうか。
「これで契約完了ではないのですか?」
「…………」
マリーベルの質問にもお父様は無言のままだ。
やはり普通の状態ではないらしい。マリーベルは初めての儀式で異常なのがわからないようだ。
お父様は考えがまとまったのか口を開いた。
「……儀式は完了しなかった。マリーベルは聖女になれない……」
お父様の顔はとてもつらそうだ。声に力がない。
儀式ができないなんてことがあるのだろうか。『ルーン』の当主の血が流れていれば問題ないはずである。
……もしかしてマリーベルは……。
「わたしが聖女になれないってどういうことですか?」
「……わからない。可能性があるとすれば一つだ。とりあえずこの部屋を出よう」
部屋の外にジルベルトが待っていた。このあと、さらに儀式があるからだ。
「次は私の番ですね」
「いや、必要ない。マリーベルの儀式は完了しなかった」
「どういうことですか?」
「場所を移そう。これからのことを話し合わなければならない」
契約が完了しなかったため、ジルベルトは声を荒らげる。
しかし、お父様は力の無い声でこの場を離れることを提案することしかしなかった。