33.後悔
風が頬に当たる。ここは外なのかしら。
「フィオナ様。気がつかれましたか?」
「……はい」
声がして目を開けると、見知った顔があった。クリストファー様の護衛の一人、フランツ様だ。フランツ様も無事だったらしい。
閉じ込められていた小屋でクリストファー様と会話していたはずなのに、気がつくとわたしは森の中にいた。クリストファー様の言うとおり助けがきたようだ。けれど、目に見える範囲にクリストファー様の姿がない。嫌な予感がする。
「クリストファー様は?」
恐る恐る聞いたわたしの言葉にフランツ様は何も答えず、悲痛な顔をした。わたしは慌てて身体を起こし、改めて周囲を確認する。
どうして、クリストファー様がいないの?
少し離れたところに大きな明かりが見えた。夜で暗いはずなのに、とても明るい。
もしかして、あそこがわたしたちがいたところ?
そう思ったらじっとしていられなかった。わたしは無理やり立ち上がり、明かりの方に向かって駆けだした。
足がもつれて上手く走れない。それでもわたしはクリストファー様のところに向かって懸命に走った。
クリストファー様。今、会いに行きますね。
パチパチと木が燃える音がする。炎は小屋全体に回り、周囲の木々にも火が移ってしまっている。小屋は一部焼け崩れてしまっていた。残りの部分もいつまで小屋の状態を保っていられるかわからない。囂々と音を立て燃えさかる炎に為す術もなかった。
「そんな……クリストファー様っ」
「フィオナ様、危険です。お下がりください」
フランツ様が追いかけてきてわたしを制止する。
「嫌です。クリストファー様をお助けしないと。まだあそこにいるんですよね?」
「…………おそらく」
「消火は出来ないんですか?」
「地震で村の方も火事に……。けが人も多数出ました。人手を取られています」
「あれからどれくらいの時間が経ったんですか?」
「…………」
フランツ様は答えてくれない。
「絶対にもう助けられないんですか?」
「……消火活動はしていますが、難しいかと……。今は火が広がらないようにするのが精一杯です」
わたしはその場で崩れ落ちた。この状況は絶望的だった。フランツ様の言葉や表情からどうしようもないことが伝わってくる。
どうして、わたしだけが助かってしまったの?
「絶対に離れない、最後まで一緒だと言ったのに……。こんな結末を望んだわけではないのに……。わたしのせいだわ……」
「我々は何があってもフィオナ様を優先してお守りするように命じられています。フィオナ様のお望みは私たちが叶えますから安心してください。ですから、変なことはお考えにならないように……」
フランツ様は何か言っているようだが、わたしの耳には入ってこない。
ふと、わたしは自分の服のポケットが気になった。中を探ると指輪が出てくる。クリストファー様が身につけていた指輪だ。
これって……まさか形見のつもり?
クリストファー様を巻き込んでしまった。わたしが人生をやり直したから、助けを求めてしまったから……。
涙があふれて止まらない。
一人でなんか助かりたくなかった。こんな指輪を残されるより最後まで一緒にいたかった。クリストファー様にしてもらってばかりで何もお返し出来ていない。
わたしもクリストファー様のことが本当に好きなのに。好きだから最後まで一緒にいたかったのに。
もっともっと自分の気持ちを素直に伝えれば良かった。あの時、口づけも断らなければ良かった。あの時はクリストファー様の気持ちを信じきれず、わたしの気持ちもよくわかっていなかった。一度、断ったらそれ以降は何も言ってこなかったから、結婚するときにと思っていた。
本当にもう会えないの? こんな終わり方なんてあんまりだわ。わたしのせいでクリストファー様を死なせてしまったなんて……。
これからどうすれば……。
せめて、この炎の熱からは解放してあげたい。わたしに力があったら……。
この炎が早く鎮まりますように……。この火事に関係する人々が無事でありますように……。わたしは残された指輪と共に強く願った。
水を調達してきて、わたしも消火活動にあたろう。悲しんで呆けているだけでは駄目だ。一刻も早くこの炎を消さなければいけない。
そう思いながら祈っていると、合わせたわたしの手から光が溢れる。
「え?」
わたしが驚いていると、その光はそのまま天へ伸びた。空一面がその光で明るくなる。空から広範囲に広がった光が地面に降り注いだ。周囲が温かい光に包まれる。さらに火事になっている場所を覆うように雲ができ、周囲に雨を降らせた。
これまで乾燥していたくらいなのに、ザーザーと雨が降り始めた。
不思議な光によってもたらされた雨が次々と炎を打ち消していく。先ほどまで勢いがあった炎はあっという間に消えていった。
どういうことなの? 雨が突然……。いえ、そんなことよりもクリストファー様をお助けしないと。
「クリストファー様! 今、助けに行きますから!」
「フィオナ様、お待ちください! 危険です!」
わたしは立ち上がり、焼け崩れた小屋に駆け寄った。




