32-2.さよなら(クリストファー視点)
先ほどの地震でこの小屋に火がついてしまったらしい。部屋の外では騒ぎになっている。
そろそろ、助けが来るはずなのになかなかこない。こんな風に膠着状態ではリリアーナが心配だ。
先にリリアーナを逃がし、後から救出すれば良い。敵を油断させ、自分一人なら簡単に抜け出せる。地震が来る前はそう思っていた。
リリアーナのおかげでしっかりと手当をしてもらえるようになったのもあり、このくらいの怪我なら動けるようになっている。
それなのに、突然の火事だ。これではリリアーナを守れない。こんなことになってしまうなんて……。
だが、迷っている暇はない。こんなところでリリアーナを死なせるわけにはいかない。リリアーナの説得と最後の別れをしなくては。
私は男に再度交渉する。
「一分だけ時間をくれ」
「三十秒だ。それ以上は待てない」
「わかった。最後に二人だけにしてくれ。すぐ説得する」
男たちが部屋から出て行ったのを見届けると私はリリアーナの肩に自由になった手を置き、彼女の目をじっと見つめた。
こうして顔を見るのも最後だ。しっかりと目に焼き付けなくては。
なんとしてでも説得して、ここから逃げてもらわなくてはならない。
「君だけでも逃げるんだ」
「そんなことできませんっ」
「時間が無い。いいから、僕の言うことを聞いて!」
「でも……」
「僕に君を守らせてくれ。今なら君だけは助けられる。この怪我に火事では君を守りながら脱出をするのは不可能だ。そろそろ助けもくるはずだ。後のことは彼らに任せる」
「嫌です。一緒でないとわたしはここから動きません。最後まで一緒にいます」
時間が無い。火がまだ回ってこなくても煙はすぐに来るはずで、煙を吸えば危険だ。早くここから脱出してもらわないと行けないのに……。
気持ちが焦る。これ以上、会話を続けることはできない。
私は強硬手段に出るしかなかった。
「仕方がないな。君に乱暴なことはしたくなかったけど、許してくれ」
わたしはリリアーナを抱きしめる。これで最後だ。
「クリストファー様?」
「ここでお別れだ。……愛しているよ、リリアーナ」
「え?」
私はリリアーナの頸部に手刀を落として気絶させた。気を失った彼女を抱き留め、そのまま口づけをする。
「許可もなくこんなことをしてごめん。本当は許可をもらって、君の反応もちゃんとみたかったよ」
この唇や頬に別の男が触れるのだろうか。
別れを惜しんでいると先ほどの男たちが戻ってきた。
「約束通り私はここに残るからフィオナを頼む」
あんな男どもにリリアーナを任せるなんて本当は嫌だ。それでも、リリアーナが生き残る確率がわずかでも多い方に私は賭けたい。争っている時間はない。
彼女を失うわけにはいかないから。
私は床に腰を下ろす。
火が近づいてきているのか部屋の中も暑くなってくる。煙で視界も悪くなってきた。
リリアーナのことを思えば、不思議と心の中は穏やかだ。
彼女はきっと大丈夫。精霊のご加護があるはずだ。
耳を澄ますと、ピーッと笛の音が聞こえた。決められた長さとリズムの音が聞こえてくる。助けがきた証拠だ。
遅いじゃないか。
あぁ、でもこれでリリアーナは大丈夫だ。安心して眠れる。
どうか無事で。そして幸せになってくれ。
ずっと愛しているよ。




