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31.監禁

 ……肩と手首が痛い。

 わたしは身体を動かそうとしたけれど、上手く動かせなかった。

まだ薬が効いているのかしら?


「気がついたんだね」


 聞き覚えのある声がする。安心する声だ。


「……クリストファー様?」

「そうだよ。怪我はない?」


 わたしたちは窓のない薄暗い部屋にいた。ランプが光っている。

 クリストファー様は隣に座っていた。どうやらわたしは手首と足首を縛られているらしい。道理でうまく動けないわけだ。

 縛られているくらいで他には何もされていないと思う。


「頭が若干ぼーっとしますが、特に問題はないと思います」

「それなら良かったよ」 

 

 だんだん目が慣れてくる。クリストファー様の方を見るとわたしと違って後ろ手で縛られていた。足首も縛られているが器用に壁を背にして座っている。


「クリストファー様の方は……って血が出てるじゃないですか!」

「大丈夫だよ。ちょっとしたかすり傷だ」

「そんなはずありません。ずいぶん血の染みが広がっています」

「止血はしてもらったから大丈夫だよ。私は君に言うことを聞かせるために生かされているそうだ。君は絶対に殺されない。だから心配ないよ」


 クリストファー様は大丈夫だと言うけれど、そんなはずがない。服にはかなり血の染みが広がっているし、何より顔色が良くない。薄暗い部屋でもわかるくらいだ。汗もかいている。かなり出血したはずだ。

 自分のことよりわたしのことなんて……。今のわたしにはクリストファー様の汗を拭ってあげることもできない。


「そんな……心配ないなんてこと……」

「本当に大丈夫だよ」


 クリストファー様は小声でわたしに「助けもそのうち来るはず」と言う。

 本当に助けは来るの? 来たとしても、それまでクリストファー様の身体は持つのかしら……。

 少し会話した後、クリストファー様に「体力を温存するんだ」と言われ少し休むことにした。

 わたしよりもクリストファー様に休息が必要だ。会話することで負担をかけたくない。



 しばらく休んでいるとガチャガチャとドアの鍵を開ける音がした。そのままドアが開き、男が数人と食事を持った子どもが一人入ってくる。


「食事だ。食え!」

「結構です。それより、クリストファー様に薬を」


 何が入っているかわからない食事なんて食べられない。

 わたしは拒否した。


「うるさい! おとなしく言うことを聞け!」

「フィオナ、やめるんだ」



 わたしの態度が気に食わなかったようだ。怒りに満ちた男が一人、わたしに近づいてくる。わたしは男を睨みながら身をよじって逃げようとする。

 しかし、無駄な抵抗だったらしく、殆ど意味はなかった。男がどんどん迫ってくる。

 何をされるかと思っていると男がわたしの頭を掴み、床に打ち付けた。ゴンっと鈍い音がする。

 痛みよりも驚きと衝撃が強い。


「自分の立場がわかっていないようだな。こいつには薬なんて無駄なんだよっ!」

「フィオナ! なんてことをするんだ」

「余計な手間をかけさせやがって。こいつがどうなってもいいのかよ。わざわざ生かしてやってるっていうのによ」

「お、おい。まずいんじゃないか?」


 わたしは床に転がされて動くことができない。さらに蹴りを入れられる。

 流石にまずいと思った賊の仲間たちが、制止に入ってくる。

 じんじんとだんだん痛みを感じるようになってきた。口の中が軽く切れてしまったらしい。じんわりと血の味がした。

 痛い。痛いけれど、クリストファー様の痛みに比べたら……。わたしは間違ったことは言っていないわ。


「フィオナ、私は大丈夫だから彼らの言うことを聞くんだ」

「クリストファー様……」


 クリストファー様に迷惑をかけるわけにはいかない。わたしは仕方なくうなずいた。

 暴力を振るった男は舌打ちしながら仲間に連れられて部屋を出て行く。食事を持った子どもだけが残された。

 おびえた表情の子どもが「こちらを食べてください」と震えた声で言ってくる。この子にもぶたれた痕があった。

 わたしが言うことを聞かなければ、この子もひどい目に遭ってしまうかもしれない。



 わたしは念のためにクリストファー様の食事を半分交換してもらうように要求した。

 わたしを殺したくないのなら、わたしの食事には毒は入れないはず。でも、クリストファー様の方はわからない。

 結果、身体に異常は出なかった。食事に毒は入っていなかったらしい。



 どれだけの時間が経ったのかわからない。このままここに捕らわれていて良いのだろうか。

 時折、食事は運ばれてくるが、どのくらいの間隔で来ているのかわからない。クリストファー様の身体が心配だ。

 何度か消毒をし直し、包帯も替えてくれた。わたしが対応してくれないと、自害すると騒いだからだ。いちいち対応するのが面倒だったのだろう。一応、クリストファー様の顔色は良くなっている。


「本当に情けないな……。絶対に君を守るって誓ったのに」

「そんなことありません。おかげでわたしは何ともありません」

「あいつらに怪我をさせられたじゃないか……」

「あれは、わたしが悪かったんです。無謀でした」


 一度、暴力は振るわれたが、殺すことはしないとわかったので、その後のわたしは強気で交渉した。

 本当は怪我をさせるのもまずかったようだった。あの後、別の人間が来て、丁寧に治療してくれた。

 と言っても打撲がメインで、口の中と顔を少し切っただけだった。

 明らかに態度が変わったのよね……。おかげでクリストファー様への待遇が改善したから良かったけれど。


 わたしたちが飲まされた毒は睡眠薬がメインだったらしい。お茶の水を汲んだ川に仕込まれていたようだ。馬も他の人たちも同じように動けなくなっていたそうだ。お茶はわたしたちしか飲んでいないが川の水は皆飲んでいる。飲んだ量や体質で効き方に差が出たのだろう。

 クリストファー様が馬車を降りると、動けなくなっている馬や、落馬して気を失っている護衛たちが点在していたらしい。全員ではなかったそうなので、もっと離れた位置ではぐれてしまった人もいる。同行していた人たちがどうなってしまったかも心配だ。

 クリストファー様は体質的に効きがわるかったようだが、それでも万全の状態ではないところに大人数で襲われては切り抜けることはできなかったそうだ。剣を躱しきれず怪我をしてしまったらしい。

 警戒が足りていなかった。まさか、川の上流から毒を流してくるなんて……。

 タイミングよく、かなりの量を流さないとわたしたちにうまく飲ませられないはずだ。

 わたしは無関係な人たちに被害が出ていないことを祈った。


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