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30.襲撃

 周囲の土地を回復させたわたしたちは休憩することにした。

 せっかくだからクリストファー様にお茶でも淹れようかしら。してもらってばかりってどうも落ち着かないわ。


「クリストファー様。わたし、お水を汲んできますね」

「フィオナ、私との約束を忘れたのかな?」


 とても綺麗で恐ろしい笑顔だ。わたしは思わず後ずさってしまう。


「い、いえ、忘れておりません。ただ、クリストファー様にお茶をお淹れしようかと……」

「お茶を淹れてくれるのは嬉しいけれど、私との約束は守って欲しいな」

「はい……」


 そのままクリストファー様は近くにいた従者に命じてお茶の準備をさせる。


「ここに座ってくれるかな?」


 有無を言わさぬ様子だ。地面に敷物を敷いてくれたのでおとなしく座ることにした。クリストファー様は結局何もさせてくれない。


「あの、結局、お茶を淹れていないのですが……」

「良いんだよ。フィオナは土地を癒やしているだろう。力は温存しておくべきた」

「力はじゅうぶんあるのですが……」

「体力は別だろう? 今日はすでに二カ所目だ。ここ数日広範囲に移動してる。無理はしないでくれ」

「でも、それはクリストファー様も同じですよね?」

「性別の違いがあるだろう? それに私はこう見えても結構鍛えているよ」

「それはわかりますけど……」


 たしかにクリストファー様はよく鍛えていると思う。細身だけど、しっかり筋肉はついているし、身体の使い方が上手い。

 訓練しているところを見せてもらったが、周囲の護衛と遜色なく動けていた。と言うより、むしろクリストファー様の方が強いのでは? と思ったくらいだ。

 訓練で忖度なんてしないだろうし。護衛も普通にしごかれていたものね……。


「今日はそろそろ戻ろう。雲行きが怪しい気がする」


 確かに雲行きは怪しい。もう一カ所くらい回れないかと思ったけれど、無理はしないことにした。



***

 わたしたちは馬車に乗り、移動することにする。

 しばらくすると眠たくなってきてしまった。

 疲れが溜まっているのかしら。なんだか、変な感じだ。ふわふわする。


「クリストファー様、力を使いすぎてしまったんでしょうか。なんだか眠たくなってきてしまいました……」

「ゆっくり休むと良いよ。でも、おかしいな、私も少し睡魔が襲ってきたようだ」


 だんだん瞼が重たくなってくる。


「クリストファー様もお疲れですものね」

「いや、そこまで疲れるようなことは……。いや、おかしい」


 クリストファー様は何か焦ったように見える。慌てた様子で小瓶を取り出し中の液体を飲み干した。


「リリアーナ、これを飲むんだ」


 クリストファー様は身体が重く、うまく動けないわたしの口を無理やり開け、液体を流し込んだ。


「乱暴にしてごめん」

「んん……」


 苦い。

 クリストファー様がわたしの耳元で小声で話しかけてくる。


「リリアーナ、襲撃だ。相手は君の命を取るようなことはしないだろうから何かあっても絶対に抵抗しないように」

「え? では、眠たくなってきたのは……」

「何かお茶に入れられていたのだろう。どれだけ効くかはわからないが解毒剤を飲んでもらった」

「そんな……」

「絶対に君がリリアーナだと知られないようにするんだ。いいね? 護衛は殆ど動けないだろうから無理をしないように」


 クリストファー様が険しい顔をして口早にわたしに説明する。

 茶葉はわたしたちが用意したものだし、水だって汲んだばかりのものだ。クリストファー様が信用できる人が水を汲んで、お茶を淹れてくれた。

 どこで? だめだ。こんな状況なのに頭がうまく動かない……。



 外が騒がしい。そっと外の様子を窺うといつの間にか馬車は停まっていた。馬も動けなくなっているようだ。周囲を走っていたはずの馬も殆どいなくなっている。


「囲まれたな。君は絶対に出てこないように。すぐに内側から鍵をかけるんだ」

「待ってください」


 馬車の外からは怒声が聞こえてくる。


「降りてこい!」


 わたしが制止するのも聞かずにクリストファー様は馬車から降りていってしまった。クリストファー様を危険な目に遭わせるわけにはいかないが、わたしが出て行っては足手まといだ。戦闘訓練なんて受けていないし、賊とは戦えない。

 仕方がないのですぐに内側から鍵をかける。

 怖い。


「君たちは何者だ。強盗なら、あいにく、金目のものは持ち合わせていない。身につけているものを売れば多少は金になるだろうが……」

「それでじゅうぶんだ!」

「中に女がいるだろう。そいつを寄越せ!」

「私の命だけでは不足かな?」


 やはり、わたしがいることは知られてしまっているようだ。

 クリストファー様だということもわかっているのだろう。


「当たり前だ! もちろん、お前の命もいただくけどな」

「抵抗はしないから彼女は見逃してくれ。非力な女性だ」

「それは無理な相談だ」

「見逃せと言われて見逃すわけがないだろう。そっちの女の方には使い道がある」

「そうか……」


 金属音がする。クリストファー様は説得を諦め、剣を抜いたらしい。


「この人数差に、その身体。どこまで抵抗できるかな」

「かかれ!」

「男の命はどうでも良いが、女の方は絶対に傷つけるなよ!」


 クリストファー様……!

 

 情けないことに、気がつけばわたしは意識を手放していた。

 


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