19.お父様の思い②
こんなことをお父様に相談しても良いものなのかしら。
普通はきっと、恋愛相談はお母様にするものよね……。
「なんと言いますか、その、クリストファー様のお気持ちが少々重たいのです……。わたしには恋愛経験というものがありませんから、そのせいなのかもしれませんけど」
「何か嫌なことをされているわけではないんだな?」
「? えぇ、特には……」
とても困ってはいるけれど、嫌というほどではない。本当に嫌がれば止めてくれるだろうから。
「……そうか。それならよかった。……まぁ、クリストファー殿下にはそのうち慣れるんじゃないか? それに、恋愛経験と言っても私も政略結婚だったからなぁ。あまり良いアドバイスはできなさそうだ」
「お父様……」
お父様はほっとした顔をした後、申し訳なさそうな、困ったような自虐的で複雑な顔をする。
お父様はお母様の浮気を知った今も、表面上は上手く家族を続けている。事実を知っても責めることもできず、知らないフリをしないといけない。政略結婚であまり仲が良くなかったとはいえ、つらいと思う。
そもそも、お母様の方が一方的に距離を置いている気がするのよね……。お父様の妻として良い暮らしをしているのだから、もう少し歩み寄れば良いのに。
完全にいいとこ取りだわ。
「そんな顔をしないでくれ。それより、クリストファー殿下がここまで乗り気だとは思わなかったが、二人が上手くいっているようで良かったよ」
「そんな投げやりなことを言わないでください。わたしは真剣に悩んでいるのです」
「こればっかりはリリアーナの気持ち次第だろう? 昔、その懐中時計をいただくような関係だったようだが、リリアーナには特別な気持ちはないのかい?」
「これはわたしがクリス様に植物たちからもらったお守りを差し上げたお礼なのです。そして、お互いに会ったことを内緒にする約束の証で……。確かにわたしにとっても良い思い出ではありますけど……」
「クリストファー殿下はその思い出があるから、リリアーナにかなり熱を上げているんだろう?」
「熱を上げているって……。ずっとわたしのことを探していたらしいです。わたしのことがわかったときにはすでに婚約者が決まっていてがっかりしたそうですよ」
お父様はわたしの言葉に色々と納得がいったようだ。
「道理であんなに乗り気だったのか。これまで色んな令嬢をお薦めしたが全く興味を示さなかったんだ。リリアーナならもしかしてと思って薦めてみたが、リリアーナのことをずっと想っていらしたんだな。心配がないわけではないが、父親としては嬉しいよ。今度こそ、リリアーナは幸せになれるはずだ」
「あの……やっぱり、クリス様って重たくないですか? わたしはあの時友達になった男の子にそんな気持ちは抱きませんでしたよ。お見合いしたときも昔会った男の子がクリス様だと知りませんでしたし」
「まぁ、随分執着されているなとは思う……」
お父様は遠い目をした。わたしの知らない何かがあったのかもしれない。
「そうですよね!」
「だが、浮気するような男よりは良いだろう?」
「それはそうですけど……」
「リリアーナは本当はこの結婚が嫌なのかい?」
嫌なわけがない。本当にわたしにはもったいないくらいの方なのだ。
「そんなことはありません! ただ、同じだけの気持ちをお返しすることができなくて心苦しいのです。気持ちだけではなく、色々といただいてばかりなのが申し訳なくて……」
「そんなに難しく考える必要はないだろう。相手の好意を受け取るのもまた優しさだ。喜んでくださっているんだろう? 結婚を決めてからそんなに時間は経っていない。政略結婚だと思っていたものが違うとなれば混乱もするだろうが、時間が解決する。と言うかもう逃げられないだろうな……」
「え?」
最後になんだか怖いことが聞こえた気がする。
気のせいよね?
「いや、なんでもない。……それにしてもあの時に二人が会っていたとはな。これもお導きか……」
父は少し困ったような顔で慣れるしかないと言ったあと、急に真面目な顔になった。
「それはそうと近々、城にジルベルトを呼ぶ。リリアーナも来るか? もちろん隠れてもらう必要はあるが……」
わたしの返事はもちろん決まっている。
「わたしもぜひ同席させてください」
「わかった。そのつもりで準備しておこう」
「ありがとうございます」
どういう態度なのか、どんな受け答えをするのかしっかりと見届けるわ。
絶対に領主の座を奪ってみせる。
とは言え、ジルベルトから領地を奪ってみせると意気込んだ割に、自分の力では何もできていないのが情けない。
「お任せするばかりで、何もできず申し訳ありません」
「いや、リリアーナにしかできないことはたくさんあるから心配しなくていい。役割分担だよ。それに、これはリリアーナだけの問題ではないからね」
「わかりました」
そういえば一度目の人生でわたしは城に呼ばれていない。あの時は薬をどうしたんだろうか。お父様が力を注いでいたから問題なかった? 当時の王妃殿下が体調を崩されたという記憶はない。
……考えても仕方ないことなのでわたしは考えることを止めた。




