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17.これ以上は無理です

 わたしはクリストファー様の待っている部屋に戻り、着替えた姿をクリストファー様に披露する。


「どうでしょうか?」

「うん。私の予想通りだよ。とてもよく似合っている。髪飾りも迷ったけれど、こっちで正解みたいだ」


 クリストファー様はわたしの装いにかなり満足げだ。じっくり観察している。けれど、わたしの方は少し居心地が悪い。視線が痛すぎるし、普通に恥ずかしい。

 あまりじっくり見られると恥ずかしいと訴えてもわかってもらえないのよね……。


「そうですか……」

「どうかした? あまり気に入らなかった?」

「いえ、そういう訳ではなく……。単純にこういった格好にあまり慣れていないだけです(あと、じっくり見られるのも……)」


 クリストファー様は一瞬、悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔になって「これからたくさん楽しめそうだね」と言った。

 着慣れていない理由をすぐに理解したのかもしれない。


「あぁ、立たせたままでごめんね。座って」


 クリストファー様に言われてわたしはソファに座る。けれど、クリストファー様はすぐに「僕の隣にだよ」と言ってわたしの隣に座り直した。

 近いんですけど……。

 ほぼ、密着と言っていいくらいに近い。

 結婚前の男女ってこんなに近いものなの?


「あの……近すぎませんか?」

「そう? これくらい普通じゃないかな。ねぇ、触れても良い?」

「すでに触れてませんか?」


 わたしたちの身体はすでにくっついてしまっている。これ以上、何を触れると言うのだろうか。


「手は触れてないよ? どこなら良い?」

「わたしからは何とも……」


 どこなら良いなんて言えるわけがない。


「じゃあ、髪は?」

「…………どうぞ」


 クリストファー様はわたしの髪飾りを外し、まとめた髪をするりとほどいていく。

 整髪料を使わないのはわたしが出かけたときと状態を変えない為なのもあるが、クリストファー様が髪を触るからだろう。

 せっかく整えてもらった髪型なのに……。力作なのにもったいないし、こんなにあっさりほどかれてしまっては申し訳ない。

 そしてやっぱり、これはかなり恥ずかしい。何度同じことをされても慣れない。

 クリストファー様はわたしの髪をすくい、髪の感触を楽しんでいる。


「君の髪はとてもきれいだね」

「ふ、普通だと思います」


 どう考えてもあなたの髪の毛の方がきれいです。

 わたしが考えていることなどお構いなしに、クリストファー様はわたしの髪を一房手に取り口づけしてきた。

 ゾワゾワする。

 もう無理! と思った瞬間にクリストファー様は手を離す。


「ごめん。もう止めるよ。じゃあ手は?」

「…………」


 わたしは無言で手を差し出した。わたしに拒否権なんてない。


「嬉しいよ」


 クリストファー様は笑顔でわたしの手を取り、手の甲に口づけをした。


「……許可、取らないんですね」

「ごめん。手を差し出してくれたから良いのかと思ったんだ。次は許可を取るよ」

「お願いします」

「じゃあ、口づけしても?」


 次って今度のことじゃないの? さっそくなのですか?


「えっと、どこに?」

「それはここに決まっているだろう?」


 クリストファー様はわたしの唇に指をあてた。

 そんなの無理!

 わたしは思わず固まってしまう。

 

「黙っているってことは良いってこと?」


 そう言ってどんどんクリストファー様が近づいてくる。

 か、顔が近い。嘘よね。本当にしたりしないわよね?

 口づけってこんなに簡単にするものなの?

 頭の中がぐるぐるしていてもクリストファー様のきれいな顔はどんどん迫ってくる。

 冗談よね? 変なことはしないって言っていたもの。

 でも、どうすればいいのかわからない。

 ……もう無理!

 

 わたしは思わずクリストファー様を突き放した。

 そんなわたしの態度にクリストファー様は悲しそうな顔をする。


「そんなに私のことが嫌? かなり仲良くなったと思うんだけど……。もちろん、拒否するなら止めたよ」

「い、いえ。嫌いとかそういう問題ではなく……。普通に恥ずかしいじゃないですか。結婚もまだだというのに」

「恥ずかしい? 世の恋人はこれくらい普通じゃないの? しかも私たちはじきに結婚するんだよ?」


 それはどこの世の中でしょうか。つっこみたい気持ちをわたしは抑えた。

 それとも世の中ではこれが普通なの? わたしが世間知らずなだけ? 信じられない。


「リリアーナは結婚していたこともあるだろう? 私としては不本意な過去だけど。何をそんなに恥ずかしがる必要があるんだい?」


 そういった経験が全くといっていいほどないからです……。

 経験値が違いすぎる。どう言えば理解してもらえるのか。

 クリストファー様は答えを求めてじっとわたしを見つめてくる。


「それは……そういった経験が殆どないからです……」

「結婚していたんだよね? 不本意な過去だけど」


 二回も不本意と言った。どれだけ不本意なの?


「……していましたよ。土地と契約するのに結婚は必要でしたから。でも、すぐに土地を癒やすために旅に出ました。で、帰った時には浮気されて離婚になりました……」

「…………」


 クリストファー様が無言になる。これはどういった状態なのだろうか。怒っているのか、喜んでいるのか、悲しんでいるのかわからない。


「婚約も幼い頃から決まっていましたし、他に特に親しい異性はいませんでした。ですから、こういったことは慣れていないのです」

「それってどういうこと? 私の考えで合っているのかな」

「お父様から何も聞いていませんか?」


 どうやらクリストファー様は詳細を聞いていないらしい。

 自分の口から説明しなさいということなのかしら。反応がちょっと怖いけれど、わたしは一度目の人生での出来事をクリストファー様に説明した。クリストファー様の顔がどんどん怒りに染まっていく。



「何だそれは! リリアーナにそんな仕打ちをするなんて……」

「お、落ち着いてください。過去のことですから。それに今回は何もされていません」

「でも、今回も妹に乗り換えただろう?」

「わたしは結婚したくなかったので、マリーベルに代わってもらっただけです。そうなるように仕向けましたから。それとも、もう一度結婚した方が良かったですか?」

「いや、それは困る」

「それはそうですよね……」

「あぁ。でも、良いことを聞けたよ。ジルベルトに慈悲は必要ないね」


 クリストファー様の顔が怖い。とても良い笑顔なのに恐怖を感じる。

 きれいな人が笑顔で怒るのって本当に怖い。


「それに、あれとは殆ど何もなかったことがわかって良かったよ。私が色々と初めてなんだね」


 クリストファー様はそう言いながら笑顔で距離を詰めてくる。圧がすごい。


「えっと……何がでしょうか?」

「わからない? わからないならそれでも良いよ。そのうちわかるから」


 わたしは開けてはいけない箱を開けてしまったような気分になった。


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