灰かぶりと“アリス”⑧
「ごめんね、皆……」
屋敷の庭にて。悪魔のような女達が出て行ってから、エラさんが最初に発した言葉は私達に対しての謝罪であった。
「なんでエラさんが謝るんですか!?」
「だって……皆がせっかく作ってくれたドレス、こんなにしちゃって……」
エラさんは、いまだに体に纏う所々破られたドレスだった布を見ながら、悲しそうな声で言う。
「エラさんがやった訳じゃないじゃないですか!」
あまりの所業……エラさんが、一体何をしたというのだ。
「エラさんは、何も悪くないのに……」
毎日、朝から晩まで一生懸命働いて。さらに、あんな風に虐められて。
「こんなの、酷い……」
目頭が熱くなる。
何処の誰なのか、何処から来たのか。自分でも分からない私の事を、こんなに優しく匿ってくれたエラさんがどうして――。
「アリスちゃん」
エラさんが、私が強く握っていた拳に優しく触れながら。私を呼んだ。
私は、強く握り過ぎて爪が食い込んでいた掌を開く。
エラさんに何か恩返しがしたかった……ただ、それだけだったのに。私とネズミ達でやった事は、結局。エラさんをさらに傷つけ、そして無力な私は彼女に何にも出来なかったのだ。
「ごめんなさい……エラさんの方が、ずっと辛いのに……」
「そうね……辛かった」
でもね、と。彼女は優しい声で続ける。
「今は、私の代わりにアリスちゃんが怒ってくれて。私は、あんまり辛くないの」
私は顔を上げた。微笑みを携えたエラさんの、美しい顔が視界に入る。
「アリスちゃんが来てくれる前……一人きりだったら、辛くて悲しくて泣くくらいしか出来なかったと思う」
でも……と、エラさんが続けると。私の視線と彼女の視線が交わった。
「アリスちゃんが、私の為に怒ってくれる……それだけで、私はとっても恵まれていて幸せ者よ」
眩しいまでの笑顔が降って来る。
すると、心配げに私達を覗き込むネズミ達とも目がかち合った。
「もちろん、貴方達も」
エラさんが言うと、三匹は小さな体躯で嬉しそうに私達に飛びついて来た。
エラさんが、少しでも元気を出してくれて良かった……でも、やっぱり。彼女に何かしてあげたかったなあ……舞踏会、行って欲しかった……。
――じゃあ、ボクが力を貸してあげようか?
出来るなら、お願いしたいけど……ん?
頭の中に響いて来た聞き覚えのある声の相槌に、私は小首を傾げる。
――アリス! 君が望むなら、ボクは力を貸すよ!
再び響く元気な声。私は驚愕の表情を浮かべながらキョロキョロと辺りを見回した。エラさんとネズミ達がきょとんと私を見つめる視線が、視界に掠める。
「――やあ、こんばんは!」
すると、今度は耳へと響く声。
そして、私達の目の前に眩い光が突然放たれた。
「ババーンっ!! ボクは帽子屋もとい、謎の魔法使いさんだよ~!」
光が納まった場所には、私の見知った顔――帽子屋の姿があった。
彼は以前に見た派手な帽子は被っておらず、夜空色の丈の長いローブを羽織り。深々とフードを被っている。
……てか、自分で“謎の魔法使い”って……。
「ま、魔法使いさん?」
内心呆れる私とは対照的に、エラさんは純粋な反応を示す。
「そう! ボクは謎の魔法使いさん! 君の願いを叶えに来たよ!」
相変わらずの笑顔で彼が言う。
「さあ、シンデレラ! 願いをボクに教えてごらん!」
両手を広げながら大仰に言うと、エラさんは戸惑いながらも少し思案をしてから「あの……」と、か細い声で告げた。
「このドレスを、直して下さい」
私、そしてネズミ達はエラさんの願いに目を見開く。
「エラさん、なんで!?」
「折角、魔法使いが来てくれてるんだから。もっと良いドレスお願いしちゃいなよ!」
私に続けて、ネズミの一匹が言う。他のネズミ達も頷いた。
私達が手作業で、不器用なりにも懸命に製作したドレスは。先程、義母や義姉達が着ていたドレスと比べてしまうとやっぱり劣っていたのだ。
何でも出せる魔法使い(仮)が居るならば。もっと綺麗で豪華なドレスをエラさんには着て欲しいというのが、私達の願いである。
「ううん……私、アリスちゃんと皆が作ってくれた。このドレスを着たいの」
眩い笑顔が、私達に温かく降り注ぐ。
「皆が一生懸命作ってくれたドレスで……だって、あのドレスが。私が今まで見た中で、一番素敵に輝いてたドレスだったから」
優しく言いながらも、強い意思を感じさせるエラさんの言葉に。私とネズミ達は、嬉しさでそれ以上何も言う事は出来なかった。
「決まりで、大丈夫かな?」
帽子屋、じゃなくて自称魔法使いが尋ねる。
「はい。お願いします」
笑顔を添えて、エラさんは一応魔法使いらしい人に言う。
「それじゃあ、行くよー!」
魔法使いと名乗ってる彼は、何処からか魔法の杖のような棒(私の目にはカラフルなキャンディ棒に見える……)を取り出した。
「ビビっとバビっとブイーン!!」
えっ、何て!? それ呪文!?
声にはしないものの、私は内心で疑問と驚きを渦巻かせる。
だが、私のそんな思いとは裏腹に。きちんと魔法は発動したらしく、エラさんの体は星のような煌めきに包まれていく。
エラさんが金色に包まれ、やがてその光が消えていくと。エラさんは私達が作ったドレスを――破られ、壊される前に戻ったドレスを纏っていたのだ。
……てかホントに、ちゃんと魔法使いだったんだ。
「ありがとうございます!」
エラさんの嬉しそうな声が弾ける。
「アリスちゃん、皆! 見て見て!」
エラさんはクルリと体を一回転させながら、本当に嬉しそうな笑顔を咲かせていた。
エラさんのリクエスト通り、ドレスは私達が作ったものを復元しただけであったが。髪型はアップで纏められた上に髪飾りがキラリと飾られ、どことなく化粧が施されているのか。少しいつものエラさんと雰囲気が違うように感じた。
「あの、これは?」
エラさんはスカートの裾を少し持ち上げ、足元を示唆しながら小首を傾げる。
見ると、エラさんの靴はいつものボロボロに使い古され、サイズが小さくなっても踵を潰して履いている靴では無く。エラさんの足にしっかりとフィットし、透明な輝きを放つガラスの靴であった。
「わぁ! 綺麗な靴!」
ネズミ達が嬉しそうに、まじまじと見ながら言う。私も無言で頷いて同意した。
「ああ、まあ、アレだよ! サービスかな!」
……そんなテキトーな。
「ありがとうございます! こんなに、ご親切にして頂いて」
眉を寄せる私とは違い、エラさんは感謝を帽子屋魔法使いへ伝える。
「あとはアレかな?」
一人ごちると、一応ちゃんと魔法使いだった彼は再びふざけた魔法の杖を振るった。
すると、ネズミ達の体が光の粒に包まれていく。エラさんの時のように光りが散っていくと、三匹のネズミの内の二匹が馬へと変貌し。一人が御者の恰好をした人間の男性の姿になる。
自身の姿を見て驚く元ネズミ達。
「なんでお前だけ人間なんだよ!」
「へへん! 良いだろう」
「ズルいー!」
と、変身したネズミ達は口々に言っていた。
「あとは」
キョロキョロと辺りを見回し、近くにあった屋敷の裏口へと駆けて行く。
私とエラさんが顔を見合わせていると、彼は大きなカボチャを抱えて戻って来た。
「あ、それは明日のご飯に使おうと思ってたカボチャ!」
エラさんが言う。
明日はカボチャの何料理なんだろう……楽しみ。
「ちょっと今晩だけ借りるね!」
今の所、ちゃんと魔法が使えている魔法使いが笑顔で言うと。再び杖を振るった。
光に包まれたカボチャは、やがて大きな馬車へと変身。
「急がないと、舞踏会終わっちゃうからね」
あ、そうそう……と、思い出したように言葉を続ける。思ったよりちゃんとした魔法使い。
「深夜の十二時になったら、この魔法は全部解けちゃうから。それまでには帰ってくるようにね!」
そう言うと、彼は「さあさあ、乗って乗って」とエラさんを馬車へと乗せ。元ネズミ達を各々の配置につけた。
「待って、折角だからアリスちゃんも……」
私を振り返るエラさん。
「いえ、私は留守番してますよ」
私みたいな子供が行っても、エラさんの足枷になってしまうだろう。今夜はエラさんが存分に楽しんでくれたら、それだけで私は満足だ。
「舞踏会の時間は、子供の寝る時間ですし」
そう言って、私はエラさんを見送った。
エラさんは見えなくなるまでカボチャの馬車から顔を出し「お土産、持って帰って来るからね!」と、優しい言葉を残してお城へと向かっていくのであった。




