灰かぶりと“アリス”⑦
そして、舞踏会当日。
エラさんはいつもより、朝から大忙しであった。
召使が一人も居ない屋敷で、義母と義姉二人の舞踏会への支度準備の面倒を見るのは彼女しかいないからだ。
「夕方には、バカ義姉、ブス義姉、鬼ババアは舞踏会へ行くから。そしたら、エラにドレスを渡してビックリさせようね!」
それが、ネズミ達と立てた計画であった。
昨晩、夜遅くまでドレスを製作していた私は。ついぐっすり寝入ってしまい、起床したのはとっくに正午を過ぎた頃。自分でも驚きつつ、エラさんが部屋に置いてくれた朝食? 昼食?(もしかしたら、朝食を先に置いてくれたが。私が食べずにずっと寝ていたので、下げて昼食をまた別で置いてくれたのかもしれない)をボーっとする頭で食す。
そして、ネズミ達と最後の打合せをしたり。お喋りをしてるうちに、すっかり日は傾き始め。窓から義母と義姉達がめかしこんで出かけて行くのを見届けた。
私は、屋根裏部屋を初めて飛び出す。
薄暗く、木目が剥き出しになった壁が広がる屋根裏部屋と違い。屋敷の内装はとても綺麗で豪華であった。
明るい色彩が壁や天井を彩り、床はピカピカ。毎日、エラさんが一生懸命掃除をしているお陰だろう。塵一つ、見かける事は無かった。
「アレ? アリスちゃん!?」
玄関と思われる大きさの扉の前に居たエラさんが、階段を駆け下りて来る私を見て驚きの声を上げる。
「なんで外に!?」
「ネズミ達と一緒だから大丈夫。窓から、鬼バ……お義母さんとお義姉さん達が出て行くの見てたので」
私がそう言うと、エラさんは「そうだけど……」と心配げな表情を拭えずにいた。
「それよりね、エラさん」
渡したい物があるの……と、私は早速本題へと入る。
「ネズミ達と、一緒に作ったの……」
すると、どこか彼等しか知らない抜け穴から。三匹のネズミが、ドレスを運んでやって来てくれた。
「あんまり上手に出来てないけど……良かったら、これ着て舞踏会に行って来て下さい」
私はネズミ達と一緒に、彼女の為に用意したプレゼントを差し出す。
「アリスちゃん、皆……」
エラさんの声がかすかに震えて聞こえる。私は彼女の顔を伺った。
「ありがとう……」
エラさんの瞳は潤み、星のようにキラキラと光りを散らしていた。
「あっちで、着替えてくるね」
そう言うと、足早にエラさんはどこかの部屋へと駆けて行く。
「エラ、喜んでくれたかな?」
エラさんが走って行った姿を見て、ネズミ達は心配げに目配せをする。
「大丈夫だよ」
私が言うと、三匹は一斉に視線を向けて来た。その視線に、私は微笑みで返す。
エラさんは目に、いっぱい涙を浮かべていた……きっと、嬉し涙を浮かべてくれたのだ。
――暫くしてから、エラさんは私達が作ったドレスを纏って戻って来てくれた。
私達が作ったドレスは、破れた古いドレスのリメイクであったので。あまり出来の良いものではなかった。
だが、それでもエラさんの天性の美貌が。そんな事は些末な問題と言わんばかりの、神々しい輝きを放っていたのだ。
「エラさん、綺麗……」
「ありがとう、アリスちゃん。皆のおかげよ」
眩しい笑顔でエラさんが言う。
私達の計画は成功したのだ。私は三匹のネズミ達と視線を合わせ、笑みを交わし合った。
あとは、エラさんが舞踏会へ行けば――その時、扉の向こう。屋敷の前で、話し声が聞こえてくる。
「お義姉様達?」
「「「えっ!?」」」
エラさんの言葉に、ネズミ達が驚愕の声を揃える。
さっき、出掛けたはずじゃ……。
「隠れて!」
私はネズミ達と一緒に、階段の下の陰へと身を隠す。
すると、少々乱暴に扉が開かれて三人の女性がズカズカと入ってきた。
「なんで家出てから気が付くのよ!」
「ちょっとシンデレラ、私のルビーのイヤリング取……」
入ってきて早々、エラさんに挨拶も無しに勝手な物言いをする二人の女性――見た目の年齢から推測するに、彼女二人が義姉であろう――がエラさんを見て言葉を失う。
「貴女、その恰好は何なの?」
すると、キツイ目つきの中年の女性――きっと、恐らく彼女が義母であろう――が鋭く刺すような視線で冷たく尋ねる。
「……あの、私も舞踏会へお邪魔しようかと思って」
エラさんが、おずおずと言う。
「お友達から、ドレスをプレゼントして貰って……私は、別でお邪魔させて頂くのでお義母様やお義姉様に迷惑は……」
エラさんの言葉に、義母は鼻で短く嗤った。
「そんな粗末なドレスで、王子様の婚約者を選別する舞踏会に? 妄言も大概になさい」
「これは、私の為に手作りしてくれた……」
「恥さらしも良いトコだわ。別に入場したとしても、万が一、私達の家の者だとバレたらどうするつもり? 本当に見苦しい」
エラさんは顔を俯かせて、言い返す言葉を探しているようだった。しかし、義母の圧力と迫力に負けてか。その後、何も言葉を発する事は出来ないようだった。私は直ぐにでも飛び出して、ローキックでもあの鬼ババに食らわせてやりたい気持ちでいっぱいであったが、ネズミ達に「どうどう!」と抑えられて何とか踏み止まる。
「てか、そのドレス。この前、私が破いちゃったヤツじゃない?」
すると、イヤリングを取ってくるように言いつけていた女性が不意に言う。
「あ! てか、それ! 私が昔買ったリボンやアクセサリーじゃない!」
キンキンとする声で、もう一人の女性が叫ぶ。
「ちょっと、勝手に使わないでよ!」
「アンタ、それ、ドロボーだから!」
言いながら、二人はエラさんが着ている……私とネズミ達が、毎日懸命に作り上げたドレスを容赦無く壊し始める。
装飾したリボンや飾りを引きちぎり、ドレスを破りながら口々にエラさんへ罵倒を浴びせた。
「屋根のある部屋に住まわせて貰ってるだけでありがたいってのに、私の物に手を出すなんて! とんだドロボー猫よ!」
「ドレスがあるからって、アンタなんかが王子様に相手にされると思ってるの? まず、お城にだって入れやしないわ!」
エラさんは叫んでいた。「お願い! 舞踏会には行かないから、ドレスを壊さないで!」と、悲痛な声で叫んでいた。
それでも、義姉二人は醜い表情で笑いながらその凶行を止めなかった。
私はその光景が、どこか遠くから見ているような感覚に襲われる。あの人達は、本当に同じ人間なのだろうか? 怒りよりも、悲しみよりも……恐怖が、私の胸へと込み上げる。
「もう良いわ、貴女達」
義母の声が冷たく響く。
「これで懲りたでしょ。貴女は、早くイヤリングを取ってきなさい」
そう言われ、義姉の一人が「そうだった!」と足早に自室へと駆けて行く。
「判ったでしょ? 分不相応な夢は、見るものじゃないのよ?」
破られ、剥ぎ取られ、殆ど肌着状態のエラさんに。義母は薄い笑みを浮かべながら続けた。
「貴女は所詮、灰かぶりのエラなんだから」
ナイフのような言葉が放たれる。
そして、イヤリングを取ってきた義姉が戻ってくると。三人は何事も無かったように、さっさと屋敷を後にしていくのであった。