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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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女王の法廷と“アリス”


「これは……私の記憶、なの?」


“――そうよ”


先程から聞こえる声を、辺りを見回して探す。

視線を眼前に戻すと、そこには見知った姿の生物が居たのだ。


「あなたは……」


水煙草の煙を吐き出しながら、青虫が冷たい視線で私を見下ろしていた。


「私、全くこんな事覚えて無い……」

「それはそうよ。貴女からは、この記憶を抜き盗られてるんだから」

「誰に?」

「さぁね……」


言ってから、青虫は再び煙草に口を付ける。


「……なんで、あなたが私の事を知ってるの?」

「どうしてかしら?」

「なんで、私に教えたの?」

「どうしてだろう?」

「なんで……答えてくれないの……」


私が苛立ちを抑えながら言った言葉に、青虫は水煙草を吸い。煙を吐き出してから。


「貴女が大嫌いだからよ」


と、吐き捨てた。

その言葉に、私はあまり驚かなかった。初めて会った時から何となく察していた事だったからだ。

私がそう思うと、青虫は「フッ」と笑う。


「あなたは、誰?」


青虫が尋ねる。


「あなたこそ、誰なの?」


私も尋ねると、青虫は先程よりも深く煙草を吸い込み。自身の姿が見えなくなる程、煙を吐き出した。

煙が目に沁み、気管に嫌な刺激をもたらされ私は咳込んだ。


「私は、貴女を世界で一番良く知ってる」


薄らいでいく煙に、青虫の姿は無かった。


「そして、世界で一番嫌ってる」


代わりに、人影が垣間見える。


「だって」


現れたのは、大きくなる魔法を掛けられた私の姿。しかし、服装は紺色のセーラー服であった。


「“貴女”は“私”で、“私”は“貴女”だから」


冷たく微笑む、私とそっくりな彼女。


「私はね、貴女が取られた記憶そのもの」


話しについて行けず、ただ呆然と彼女の言葉を耳に入れる。


「だから私は、貴女より貴女の事を分かってる」

「私、は……」

「“一体、何なの?”って?」


私の心を読んだ彼女が、鋭く言い放つ。


「それじゃあ、裁判でハッキリさせましょうか」

「裁判?」

「そう」


口元に笑みを象ると、彼女は得意げに指をパチンと鳴らす。すると、辺りの景色が一変した。

辺りは一つの光に照らされ、簡易的な法廷が現れる。私の前には側面が格子になった半径型の証言台があり、私はその中に立っていた。


「ねえ、“アリス”。貴女はどうして、“白雪姫”を殺したんですか?」


私の口から、驚きの声が漏れた。

これは、私が何なのかをハッキリさせる裁判では無いのか? 何故突然、白雪姫の殺害の話しに?


「この真実の解明は、重要な案件です」


私が混乱している中、彼女の身体は大量のトランプに包み込まれ。次に現れた時には、赤と黒を基調にしたハートの飾りで彩られたドレスを着ており。冠を被った女王のような恰好になっていた。


「今の私は“ハートの女王”。この裁判の一切を取り仕切る、絶対の存在よ」


なんだ、それは……私と貴女しか居ないなら、裁判でも何でも無いではないか。


「そんな事ないわ、こんなに沢山の陪審員の皆さまが居るじゃない」


そう言って、彼女が差した陪審員席に目を向けるが。そこには人の姿は無く、猫やウサギやトカゲ等の。色んな種類の動物のぬいぐるみの姿があるだけであった。


「いや、結局私達だけじゃん!!」

「さぁ、開廷です!」


人の話しを聞いてくれ……。

聞こえているであろう、私の心情も黙殺し。彼女は「さて」と、話を進めだす。


「貴女は某日、夜に。白雪姫に毒を飲ませ、彼女を殺害しましたね?」


いきなり確信だけをついてきたな……。


「……全く身に覚えがありません」

「犯人は皆、そう言うんです」


いや、本当に知らないんだって。


「じゃあ、その手にある物は何ですか?」


私は自身の手元へと視線を落とす。そこには、すっかり忘れ去っていたが。布でくるんだリンゴがあったのだ。


「これは、人から押しつけられて……」

「それは毒! 貴女がやった物的証拠です!」

「いや、私、これ白雪姫さんに渡してもないし!」

「ならば、中を開けて見て見ましょう」


確かに。リンゴを確認して、誰かが食べた痕跡がなければ私の無実が証明されるはず。

了承をして、私は包みを開いた。

だが、開けてみると。そこには、魔法の鏡を持つ女王から貰った毒リンゴの姿は無く。代わりに、空っぽになった小瓶が入っていたのだ。


「それが、白雪姫に飲ませた毒です!」

「待って、私、本当に知らな――」

「本当に、知らない?」


慌てて声を荒げる私に、自称ハートの女王は鋭い声で制する。


「本当に?」


先程までとは一変した彼女の様子に、私は一度口を閉じて自身の手にあった小瓶へと視線を落とした。

それは、確かに入手した記憶は無いのだが。その小瓶自体には、少し見覚えがあったのだ。


「ついさっき、見たんじゃない?」


ついさっき……私は“ついさっき”の記憶を遡る。


「ねぇ……」


思考に集中する私に、彼女の声が耳を通り過ぎた。


「“白雪姫”」


あっ、そっか……私はようやく理解した。

そして、目の前の机に。いつの間にか置かれていた手鏡を覗き込む。映っていたのは、ガラスの棺に眠っていた“白雪姫”だった。


「貴女は――」

「自分で毒を飲みました」


私の言葉に、彼女が薄く笑みを浮かべる。


「そう」


この小瓶は、先程。彼女が私の“記憶”と言っていた映像の最後に映る、彼女があおった眠り薬の入れ物だったのだ。


「貴女はね」


手鏡の反射面が揺れる。私の顔を映していた鏡は、真っ白な部屋とベットに静かに眠る少女――本来の私の姿を映し出した。


「来るはずも無い、居るはずも無い王子様をただ眠って待ち続けている。哀れな“偽白雪姫”なのよ」


此処に映っている少女は、先程の映像の彼女であり。私であり、このハートの女王なのだろう。


「目を覚ます事無く、ただ眠り続ける哀れで悲しい少女」


呆然と鏡を見つめながら、私は彼女の話しを聞いていた。


「悲しんでくれる人なんて、誰も居ないのに」


鋭い何かが刺さり、胸が重くなって苦しくなった。

私は、まだ彼女が私である事に何の実感も湧いていないのに。このハートの女王が、嘘を言っている可能性だってあるのに……なのに……。


「“嘘ではないと、何故か。何となくだけれど、分かる”って?」


ハートの女王の言葉に、私は唇をキュッと結んで無言の肯定をした。


「要らなくって恥ずかし存在なのに、貴女はまだ生きていて。こんな所で楽しそうに、あちらこちらへ飛び回って“冒険”という遊びに勤しんでいる」


彼女の言葉が私の心を圧迫し、どんどん小さくしていって、息が苦しくなっていく。


「これは立派な罪です! 直ちに、首をねなければなりません!」


高らかに言う台詞に、私はもう反論も抗議をする気にもなれなかった。

自分には身に覚えのない記憶と感情なはずなのに、これが真実であり。私が不必要な存在である事は、自分の中でも少し驚くくらいあっさりと受け入れていたからだ。


「被告人も、どうやら異議なしのようですね」


私の心を読んだハートの女王が「では……」と、言葉を繋ぐ。


「被告人に、死刑を求け――」

「――ちょっと待ったぁぁぁぁ!!!!」


その時、何処からか。聞き覚えのある声が響き渡る。

私とハートの女王は、辺りをキョロキョロと見回した。


「異議ありー! 異議ありありだよー!」


すると、私が持っていた手鏡の反射面が再び揺れる。小さな手鏡から、ニュっと。ニタニタと嗤うチェシャ猫の顔が飛び出して来たのだ。


「わっ!?」


ビックリして、思わず手鏡を床へと落としてしまう。

そこからチェシャ猫は顔だけでなく身体と、手鏡の大きさの許容範囲を超えた大きな全身鏡が抜け出てきたのだ。


「やあ、“アリス”! 元気かい?」


チェシャ猫の持った大きな鏡には、帽子屋の姿が映っていた。


「……あんまり、元気無さそうだね」


私は俯いて、肯定の意を示す。


「大丈夫! ボクはいつでも、君の味方さ!」


安心してしまいそうになる声だった。優しくて、温かくて……でも、顔を上げる勇気を。私は持つ事が出来なかった。


「“女王陛下”」


すると、彼はハートの女王へと声を向ける。


「今から、ボクが彼女の無実を証明する証人になります!」


明るく言い放つ彼に、ハートの女王は眉を顰めた。


「ボクが、必ずその判決を覆してみせまーす!」

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