白雪姫と“アリス”④
リスの言葉を聞いてから、私は無意識にポケットへと視線を向ける。
私の拳より大きめに膨らんだエプロンのポケットは、きちんと毒リンゴが入った状態のままで布地を型どらせていた。
「白雪姫は、今、何処に?」
私の内心の焦りに気づかぬまま、王子様がリスに尋ねる。
「小人達が、ガラスの棺に入れて。森で一番花が咲いてる、景色の綺麗な場所に居るよ!」
死んでも尚、美しい白雪姫を埋める事が出来ないので。その亡骸を外から見る事が出来る、小人達お手製のガラスの棺に納めたのだという。
「彼女の所に、案内してくれないかな?」
王子様がリスに言うと、尋ねられたリスは野ウサギへと視線を一度向ける。
「この人は大丈夫だよ! 白雪姫の事、好きなんだって!」
くっきりはっきり言う野ウサギの言葉に、王子様は「いや、まぁ、そうだけど……そんな、ハッキリと……」と、顔を赤らめて恥ずかしそうに呟く。
「分かった! ついてきて!」
あっさりと納得をしてくれたリスは、ちょこちょこと地面を駆け始め。私達を案内してくれるのであった。
***
再び森の中を進み、私達は少し開けた場所へとやって来る。
そこは、日の光が明るく照らす場所で。光の中心部分に、長方形の長く大きなガラス張りの箱を確認する事が出来た。
「あそこに、白雪姫が……」
白馬から降りながら、王子様が呟く。
「そうだよ!」
「早く行こう!」
リスと野ウサギが言う。
王子様は、私を馬から降ろしてから。二匹に続き、ガラスの棺へと歩み寄る。私も、その背中に続いて行くと。棺の傍らには、七人の三角帽子を被った小人達が森の動物達と一緒に涙を流していた。
「白雪姫……」
「どうして、こんな……」
「目を覚ましてよ……」
「お願い、起きて……」
「また、一緒に歌を歌おうよ……」
「美味しいご飯を作ってよ……」
「そして、一緒に食べようよ……」
涙を流しながら、そう口々に言う声が聞こえて来る。
白雪姫さん、とっても愛されていたんだな……光に反射して、ガラスの棺に納められた彼女の顔を確認する事は叶わないが。きっと、優しく美しい方なんだろう。
私がそんな事を考えていると、王子様は棺へと歩み寄り膝を着く。
すると、小人達はガラスの棺を開いた。王子様の身体と被り、今だに私は白雪姫さんの姿を確認する事が出来ない。
そんな、まだ顔も知らない女性を王子様は暫く見つめていると。少しづつ、吸い寄せられるように上半身を屈めていく。
日の光がキラキラと照らし、重なり合う二人をロマンティックに彩っている。ほんの些細な短い時間のはずなのに、時が止まったかのようだった。
暫くしてから、時は動き出し。王子様はゆっくりと身体を起こす。
「……今の君の、笑った顔が見たかったな」
悲し気に、そう呟く王子様。
私は、そっと彼へと近づき。王子様の顔を覗き込んだ。静かに彼の頬を流れ落ちて行く涙。それから堪え切れなかったのか、微かに声も漏れて来る。
その泣き顔と声には、覚えがあった。
私の中で。王子様の泣き顔と、記憶の中にいた白兎の泣き顔が重なる。
私が王子様に抱いていた誰かの面影は、泣き虫でけたたましい白兎だったのだ。
何故、人間である王子様と謎の暗闇で遭遇する白兎が似ていると感じるのか……そんな疑問を抱きつつ。私は棺に横になっている人物へと視線を向ける。
その人物の姿を見た瞬間、私は目を見開き。呼吸をするのも忘れる程、驚愕した。
その人物――白雪姫の容姿にも、私は見覚えがあったからだ。
彼女の姿は以前、エラさんを見守る為に。帽子屋が魔法を掛けて、数年成長させた姿の私に瓜二つだったのである。




