鏡の道の途中にて
雪の女王様の宮殿にあった、反射して鏡状態の氷の壁を通り抜け。私と帽子屋は虹色の光がキラキラと反射する空間を歩いていた。
いつもは、あまりゆっくりとこの中を歩く事は無いので。じっくりと観察する事が出来たのは新鮮だ。
とはいっても、いつも帽子屋達と居る暗闇の空間の明るくキラキラしているバージョンみたいなもので。眩い景色に新鮮さを感じるだけだ。
私は自分の少し前を歩く帽子屋へ視線を上げる。
彼は先程から、ただ歩みを進め。私に声を掛けて来ない。静かなのは良い事だが、少々不気味だ……。
「ちょっと、“アリス”! 不気味ってヒドイよー!」
あっ、心の声は聞こえてたんだ。
「どうかしたんですか?」
私が尋ねると、彼は。
「ううん、何でも無いよ!」
と、貼り付けた笑顔を向けた。
具体的には何かは分からないが、何となく。いつもより違和感を感じる。
「そんな事無いよ。ボクはいつも通り、君だけのボクだよ!」
「……貴方って、言う事が本当か嘘か良く分からないですよね」
「えー! そう?」
その反応もワザとらしい。
「そんな事ないよー! ボクは、君にはいつも本当の事しか言ってないさ!」
「テキトーな事の間違いでは?」
「そうかな?」
そうだって……まぁ、でも……。
「私に優しくしてくれてるのは、嘘だとは思ってないです……」
言ってから、何だか気恥ずかしくて視線を下げる。
彼が私に何を隠していて、何の目的で何処に向かわせようとしているのか……それはまだ、全く何も分からないが。それでも、困った時には助けてくれるし。自分の事も何も分からない私には、拠り所になっているのには変わりない。
「“アリス”……」
あっ、心の声聞こえてるんだ……どうしよう、また何か――
「大変だ、“アリス”! あの鏡が、どうやら君を次の世界へ呼んでいるようだ!」
そう大仰に言う帽子屋の視線の先には、先程までは無かった大きな楕円形の鏡が出現していた。
すると、彼は私の両手をガシッと掴む。疑問符を浮かべる前に、私の身体は帽子屋が勢いよく身体を回転させた反動で浮き上がる。
激しく揺らされ、動かされ。私は悲鳴を上げていた。
「行ってらっしゃーい!」
目を回す私の事などお構いなしに、明るい声と共に帽子屋は私の両手を離す。
私の身体は、軽々と吹き飛ばされて鏡をスルリと通り過ぎて行った。
……少し見直したというか、信頼できるという事を伝えたつもりなのに……私は以前と同じように、帽子屋へと怒りの気持ちを沸かせるのであった。
***
「嬉しかったよ、“アリス”……」
彼女が抜けて行った鏡を見つめながら、帽子屋が優し気な笑みを浮かべて呟いた。彼女に、決して届かないように。
「――そんなに、あの娘と私を会わせたくなかった?」
すると、ねっとりとした声が。帽子屋に向かって掛かった。
「いやぁ、そういうワケじゃ、無いんだよ?」
彼は、いつの間にか現れていた青虫へと顔を向ける。
「まぁ、もう。一回会ったけど」
アリスと出会った時のように、青虫は水煙管を咥え。煙を吐き出す。
「でも、まだ。君と会うのは、早いかなぁ~って、ボクは思うワケで……」
再び、青虫は煙を吐き出した。
「その感じじゃ、一生会わせてくれなそう」
「いやいや、そんなつもりは無いよ! もう少ししたら、きちんと紹介するさ!」
「そしたら、あの娘に言ってあげようか?」
仮面のように貼り付けた笑顔を浮かべる帽子屋に、青虫は再び水煙管を咥えて煙を吐き出す。
「記憶を抜き取ったのは、貴方だって……ね?」
口元に孤を描きながら告げた青虫の言葉を、帽子屋は先程と変わらぬ笑顔のまま。ただただ黙って、見つめているのであった。




