灰かぶりと“アリス”⑤
「やあ! 何だか楽しそうだね“アリス”!」
再び夜が訪れた。それは、眠りの時間……帽子屋との時間の訪れを示していた。
「君が楽しそうで何より! ボクもとーっても嬉しいよ!」
一人で勝手に盛り上がる帽子屋に、私は何と返答をしたら良いか分からず。目の前に出された紅茶へ口を付ける。
「一人で盛り上がれるボクは、一人でパーティーを開催出来るかもしれないね!」
「一人でパーティーって、楽しいんですか?」
「楽しいよ! でも、“アリス”が居てくれたらもーっと楽しいね!」
やっぱり面倒臭いなあ……と、紅茶を啜りながら私は思う。
「“面倒臭い”とは何たる光栄! それだけ、君の心に居座れるということじゃあないか!」
また無茶苦茶な前向き思考……てか、私は思っているだけで言っていないんだから勝手に喋るの止めてくれないかな……。
「なら、君も喋れば良い! そしたら、会話になるよ!」
それは私が自分で決めたいのだが……。
「それなら、ボクが喋るのもボクが決めるさ!」
……もう、いいや。
「ドレスの製作は順調かい?」
急に話題を変えられ、私は口へと放り込もうとしていたマカロンというピンク色の可愛いお菓子を手にしたまま固まった。
「まあ……それなりに……」
「あんまり進められなかったんだ」
どうしてこういう時だけ、まともな事を的確に言うんだ。
「でも、まだ日付はあるので」
「頑張りすぎて、可愛い指が傷まみれにならないように気をつけてね」
私は心の中で、苦虫を噛み潰したような表情をする。
本日、エラさんの為に破れたドレスの補修と装飾に取り掛かっている最中。手芸用の針で、何度か自身の指を刺してしまっていたのだ。
「でも、そんなに頑張って大丈夫?」
「大丈夫です。今だって、ちゃんと寝てますし」
休息を取れているかは謎だが。
「そうじゃなくて、君が頑張っても。報われないかもしれないよ?」
「分かるの?」
「いいや。未来の分かる世界なんて、退屈だよ?」
「じゃあ、何で?」
何で、そんな消極的な事を聞くのだろうか。
「“頑張っても”報われない事はあるよ? それって、無駄じゃあない?」
瞳を細め、目だけ笑みを象ったまま。帽子屋は「それに……」と、いつもより暗い雰囲気で尋ねる。
「君は、とっても傷ついてしまうんじゃないかい?」
私はその言葉に、目を見開いた。
驚愕する心に、じんわりと喜びが滲み出て来る。
「……心配、してくれてるの?」
帽子屋は笑った。いつもより、少し寂しそうな色を浮かべて。
「ボクは、“アリス”が大好きだからね」
その言葉に、心に感謝の念が溢れた。
「なんでお礼?」
「意外と、貴方が優しかったからかな」
「ボクの事、好きになった?」
「まあ、少しだけ……ただ『好き』っていうより、見直した」
「ヤッター!」
両手を天に向けて、無邪気に喜ぶ帽子屋。
「“アリス”と相思相愛になれた記念に、特大で最高で目玉が飛び出る程の美味しいケーキを食べよう! と、思ったけど……」
突然、声のトーンが暗くなる。
「もう、時間か……」
あ、もう朝なのか。
「バイバイ、“アリス”。また、今度!」
寂しそうに、彼は手を振った。
どうせ、また夜が来たら会えるのに……と、私は頭の片隅で考えながら手を振り返し。
エラさんや、ネズミ達の居る世界へと目を覚ます。
……あ、そういえば。“マカロン”って美味しそうなお菓子、食べそびれちゃったなあ。