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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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雪の女王と“アリス”⑦【完】


「その、少年ね」


表情を綻ばせたまま、女王様は続ける。


「私が宮殿を空けている間に、彼の友人の少女が迎えに来たの」


再会を喜んだ、その少女の温かな涙が『悪魔の鏡』の欠片を溶かし。彼を、元の心優しい少年に戻したのだという。


「貴女にも、素敵な迎えが来てくれて良かったわ」


そう再び笑みを浮かべた女王様は、私へと両手を伸ばし。その胸に抱きしめる。

彼女の身体は、全く冷たさなんて無く。温かなぬくもりを、私へと伝えていた。


「進み続けるのは、きっと楽しい事や嬉しい事ばかりではなく。辛い事も苦しい事も沢山あるでしょう……でも」


感情のこもった言葉だった。これも、帽子屋の紅茶のお陰なのだろうか。


「アリス、貴女なら大丈夫。きっと、マイア妃のように幸せを感じられる居場所に辿り着けるわ」


そうだ、親指程の大きさしかないマイア妃も困難を乗り越え花の王と出逢い。湖で出逢った白鳥は、辛さと寂しさのあまり死のうと思いながらも、厳しい冬を耐え自身の本当の姿を知って仲間を得る事が出来た。

進み続けていれば、きっと……何処かには、辿り着けるはずなのだ。


「ありがとう、ございます……」


私を抱きしめる女王様の身体に、そっと触れる。

暫く、互いの体温を確かめ合ってから。女王様は、私から身体を離し。帽子屋へと顔を向ける。


「最後に、紅茶をもう一杯だけ頂ける?」


女王様の言葉に、帽子屋は丁寧に頭を下げた。


「はい、仰せのままに」


再びティーカップに注がれた紅茶に口を付け、女王様は私が広げたお菓子を摘まんだ。


「フフッ、美味しいっ!」


無邪気な表情に、思わず私は目を見開いてしまった。

……可愛い。


「ありがとう。あなた達のお陰で、楽しくて貴重な体験をさせて貰ったわ」

「いえいえ。ボクの“アリス”を助けてくれたお礼ですので」


帽子屋の言葉に、女王様は「そう」と小さく笑う。


「アリス、また。いつでも遊びにいらっしゃい。また、貴女と話をしたいわ」

「はい、是非」


そう言ってから、私は「あっ、そういえば……」と言葉を続ける。


「さっきお話してくれた男の子。きっと、女王様のお陰で。たくさんの大事な人を傷つけずに済んだと思うんです」


『悪魔の鏡』の破片が刺さったままの身体で大きくなって、子供の出来心では許されぬ程の罪を犯さずに済んだ。

そして、彼が突然居なくなったからこそ。その迎えに来てくれた少女は再会出来た時に、破片を溶かす温かな涙を流す事が出来たのではないか……私は、自分の思った事を女王様に伝えた。


「……そうだと、嬉しいわ」

「それに、マッチを売っていた女の子も。誰にも知られず、忘れられてしまわず。女王様に憶えていて貰えて、きっと良かったと思います」


あと、その……と、私は拙い言葉を更に続けた。


「女王様に会う前に話した白鳥も、マイア妃も。冬の寒さを越えるのは大変だったって言ってましたけど、大変だった季節と時期があったからこそ、今が楽しくて幸せだって言ってました」


この後、帽子屋と共に此処を後にして。紅茶の魔法が切れたとしても。女王様が、いつでも笑顔になれるようになっていたら……嬉しいな。


「だから、冬を嫌わないであげて下さい」


澄んだ昼の空は淡い水彩画のような青や白が優しく彩り、夜には星の瞬きを強くハッキリと私達に見せてくれる。

寒いのはやっぱり、ちょっと辛いし。肌寒さが寂しさを増長させてしまうけど。雪が降ったら、冬だけの特別な贈物を貰ったみたいで嬉しくなってしまう。


「女王様の季節、私、大好きです」


そして、こんなに優しく美しい人が運んでくれる季節なのだと思うと……私は心の底から、そう言う事が出来たのだ。

すると、女王様は私の額に口付けた。温かく柔らかな唇が、私に触れる。


「……ありがとう」


そして、穏やかな微笑みが向けられるのであった。

至近距離で美しい相貌を見てしまうと、何だかとてもドキドキしてしまう……。


「“アリスー”!! 浮気なの!?」

「いや、何故?」


私は帽子屋に呆れた目を向けてしまう。


「仲が良いのね、あなた達」


女王様が小さく笑いながら言う。


「そうです! ボクと“アリス”は相思相愛!」


ヘラヘラと笑いながら言う帽子屋に、私は白く曇る溜息を一つ溢す。

だから、どんな関係だったかも知らないってば……。


「道中、気を付けてね。アリス」

「はい、ありがとうございます」


ほんの半時……少し話しをしただけなのに……こんなにも、彼女との別れが寂しいなんて……。

そう、心の中だけで思い。私は帽子屋に手を引かれ、姿が見えなくなるまで手を振り。女王様を見つめながら、大広間の氷を通り抜けて行く。

最後に記憶に残った手を振り返してくれた女王様の表情は、とても穏やかで美しい笑顔であった。



【雪の女王と“アリス”‐FIN‐】

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