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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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雪の女王と“アリス”⑥


「貴方、どうして!?」


唐突で、突然で、久方過ぎる帽子屋との再会に。私は思わず大きな声を出した。


「探したよ! ボクの“アリス”!」


何を言って……と、呆れた思考が過る。


「いや、今までずっと貴方が現れなかったんじゃ……」


そういえば……女王様のソリに乗せて貰っていた時。帽子屋が私を探している夢を見た。

あれは、ただの夢では無く。実際の光景だったのだろうか……いや、夢と呼べるような代物を眠っても見ていないのだ。その可能性の方が……。


「今まで、ずっと私を探してたんですか?」

「うん、そうだよ!」


笑顔を浮かべて言う帽子屋。あの時見た夢の中では、悲痛な声で私を呼んでいた。もしかして、ずっとあんな風に私の事――


「書き物机にそっくりなカラスを追いかけていたら、君の事を見失ってしまってね!」


……。


「アレ? カラスに似た書き物机だったかな? それとも、カラスじゃあなくてコウモリ?」


いや……。


「激しくどっちでも良いです」


何なんだその理由は……帽子屋がヘラヘラと机だかカラスだかコウモリだかを追いかけている間、どんなに大変だったか……。


「“アリス”、泣いてるの?」


泣いてるよ……貴方が居ない間に、とっても悲しい出来事があったから……。


「ごっ、ごめんね、“アリス”……」


ごめん、じゃないし……貴方がまた、魔法使いとして現れてくれてたら。人魚姫さんの事、助けられたかもしれないのに……。


「君をなかなか見つけられなくて、君の元へ行けなかったんだ……本当に、ごめんね……」


“私”の事、ちゃんと知ってる……知っててくれてる貴方と会えなくて、どんなに心細さを感じていたのか……。


「“アリス”?」


私は涙が口にまで入って、塩辛さを感じながら顔を上げ。黙って様子を見つめていた雪の女王様の傍らから、帽子屋に向かって駆け出した。


「バカー!!」


ガムシャラにそう叫んで、彼へと飛びつき。抱き着いた。

彼の細く長い腰にしがみ付き、その服に涙をお構いなしに沁み込ませていく。

暫くは戸惑っていたのか、私にされるがままだった帽子屋だったが。ふと、私の頭に雪の女王様とは違う温かさの掌の感触が訪れる。

自分でも驚く程、その温もりが心地良くて……安心した。



 ***



一しきり泣いて、泣きつくした私は。大広間の氷の椅子へと、腰を下ろし直した。

一人で人魚姫さんを思い泣いていた時より、女王様と帽子屋が傍に居てくれて泣くのはとっても安心した……が、泣き終わった後は羞恥心が胸を支配する。


「まあまあ! ボクは全ぜーん気にしてないし、寧ろ嬉しかったし!」


と、いつもの笑顔を貼り付けて彼が言う。


「温かな紅茶でも飲んで、ね!」


少々ムカっとしたが、泣いて喚いて喉は乾いたので紅茶は頂く事とした。


「ボクの“アリス”がお世話になりました」


帽子屋は丁寧に雪の女王様に頭を下げ。


「よろしければ、一杯どうぞ?」


と、ティーポットから淹れ立てのお茶が入ったティーカップを差し出す。


「折角だけど……私が触れると、凍らせてしまうから」

「大丈夫ですよ、女王陛下。ボクは魔法使いでもあるので」


説得になっているのだろうか?

内心で首を傾げていると、女王様も帽子屋に戸惑いつつ。押し切られる形で、ティーカップを渡された。

しかし、やはり魔法使いである彼が何かをしたのか。ティーカップは凍り付く様子は無く、温かな湯気を立ち上らせたままだ。


「これは」


そして、そっとカップに唇を付ける。


「……これが、熱いというもの」


少し、嬉しそうな……そんな気がした言葉を、彼女はいつもの口調で呟く。


「この冷たい心と体が、まるで温められるようだわ」

「いいえ、女王陛下。只今、この紅茶を飲んでいる間は。貴女様は温かく、人間と同じ体温を授かっているのです」


深く頭を下げ、丁寧な口調で告げる帽子屋。


「なるほど。魔法の紅茶という訳ね」


女王様の言葉に、帽子屋はニッコリとした笑顔で返答をする。


「あっ、じゃあ今なら普通にお菓子食べられますね」


私はそう言うと、メイドさんから貰ったお菓子の包みをテーブルの上に広げた。


「好きなだけ食べて下さい、お礼です」


もう、そんなに残りは多くないですけど……と、付け加えながら私は女王様へと顔を向ける。


「……お礼なんて、言って貰う資格は無いわ」


女王様は、少しだけ目を細めて。私に続けた。


「昔、私は貴女と同じように一人の少年をこの宮殿に招き入れた事があったわ」


女王様の話によると、彼女のソリに自身のソリを括り付けてイタズラをした少年と。ある寒い冬の日に出逢ったそうだ。


「その子は、全ての物や人が歪んで醜く見える『悪魔の鏡』の破片を。瞳と心臓に刺していた」


そこで、女王様は彼に刺さった『悪魔の鏡』の破片を何とかしてあげたくて、彼を勝手に自分の宮殿へと連れてきてしまったという。


「でも、全てを凍らせてしまう私に。彼の破片を取る術は無かった……ただ、自分に魅了させ。この宮殿に留め、身近な存在である家族や友人を傷つけさせないようにしていただけ……」


いえ……と、女王様は長い睫毛をそっと伏せる。


「それも、きっと言い訳。きっと、寂しかった自分の傍に。誰でも良いから居て欲しかったのね」


だから、悪魔の鏡の破片に心を捕われた少年をさらったのだろう……と、彼女は淡々と言った。


「貴女の事も。きっと、同じ」


女王様が、美しい双眸を私へと向ける。


「私が寂しかったから、此処まで連れて来てしまった」


ごめんなさい……そっと、吐息のように呟かれる言葉。


「謝らないで、下さい……」


彼女にそんな風に言われてしまったら、悲しくなってしまうではないか。


「私も、あの時……とっても、寂しかったんです」


人魚姫さんを亡くして、帽子屋の迎えも無いまま。優しい王子様達の城を出て、親切にしてくれた白鳥さんとも別れて……一人ぼっちで、何処に何を目指して歩いて行けば良いのか分からず。本当は、とっても心細かった。


「だから、女王様に助けて貰えて嬉しくて……お話出来て、もっと嬉しかったんです」


だから……と、私は続ける。


「私に手を差し伸べてくれた事を、過ちのように思わないで下さい」


そう告げると、女王様は口元に孤を描き。嬉しそうに両目を細めた。


「……ありがとう、アリス」


初めて見た雪の女王の笑みは、眩しいくらいに温かく優しく美しくかった。

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