雪の女王と“アリス”④
「――女王様!」
その時、鈴のような声が届く。
私だけではなく、女王様にも聞こえていたらしく。彼女はソリを止める。
「雪の女王様!」
鈴のように澄んで、か細い声は。私達が通っていた道の横に広がる花畑から掛けられていた。
ソリから身を少し乗り出し目を凝らして花畑を見てみると、傍で咲くマーガレットの花に小さな女の子と男の子の姿が確認できた。
「あら! 可愛らしいお嬢さん! こんにちは」
「こ、こんにちは……」
自分より小さな女の子にそう声を掛けられるのは、ちょっと不思議な気分だ。
「雪の女王様、ご無沙汰しております」
「今年も、冬を連れて来て下さりありがとうございます!」
すると、二人の小さな男女は女王様へと明るい声を掛ける。
「いいえ。これが、私の責務だから……寧ろ、ごめんなさい」
女王様の言葉に、二人は不思議そうな表情を揃って返す。
「花の王、王妃。貴方達の大切な花達と、貴方達自身も……生きるのが大変な季節を、連れて来てしまって」
女王様はやはり、抑揚の無い。感情を読み取りずらい声で二人に告げる。
しかし、二人から返って来たのは意外な言葉と笑顔だった。
「何を言っているんですか、女王様」
小さな男の子――花の王様、と雪の女王様が言っていた彼が微笑みを携えて言う。
「冬は、とても大切な季節ですよ」
続いて、明るい笑顔で花の王妃様が言う。
「確かに、冬になったら多くの花達は枯れて、木々は葉を落とします。でも、それは悲しい事では無いと、私は王様や他の花の精達に教えて頂きました。だって、冬は花や植物達のお休みなんですもの!」
綺麗に咲き誇り、甘い果実を実らせ、大地を優しい緑で包み。懸命に働いてくれる植物達が、また春に頑張る為に雪の女王様がくれたお休みなのだ……と、彼女は言った。
「お休みをさせて貰った花達は。雪が溶けた水を頂いて、再び美しい花を懸命に咲かせるのだと」
「それに、冬にしか咲かない花や。実らない果実もあります」
今度は王様が言う。
「冬に来て頂かなくては、彼等が困ってしまいます」
しかし、そう屈託のない笑みで告げてくれる二人の言葉にも。女王様はあまり浮かない様子であった。
「花達はそうだとしても。貴方達精霊や、生き物達には過酷な季節である事に変わりはないでしょ?」
「確かに……そうですね。私がこの『緑の国』にやって来る前、私はこの広い世界に一人ぼっちで放り出され。行く当ても無く、ずっとさ迷っておりました」
小さな花の王妃様が告げた事は、今の私の状況に似ている気がした。
なので、ついソリから更に身を乗り出して彼女の話に強い興味を示してしまう。
「あら、お嬢さん! そんなに、一生懸命私の話に耳を傾けて頂けて嬉しいわ!」
可愛らしい笑顔を咲かせて、彼女は自分の昔話を語ってくれた。
自分の誕生を見守り、育ててくれた人間の女性の家からヒキガエルに誘拐された彼女は。メダカの助けと蝶のお陰で逃げ出す事には成功するが、その後コガネムシに捕まり。そして、彼女が昆虫の体躯をしていない事に差別を受け放り出され。冬が来るまで、外でなんとか生き延びていたそうだ。
「さすがに、冬はお空の下で過ごす事が出来なくて……野ネズミのおばあさんに食べ物を分けて貰おうとお家を尋ねたら、そのまま居座らせてくれたの」
殆どの植物が枯れてしまい、生き物達が長い眠りについたり温かい所へ渡って行ってしまう季節に。親指程の小さな女の子が過ごすのは、とても厳しい事だろう。
「でも、そんな寒い冬だからこそ。私は野ネズミのおばあさんの優しさが、一際温かく感じたわ」
それに……と、彼女は続ける。
「その冬に、翼を怪我したツバメさんに土のトンネルで出逢わなければ……私は王様に出逢う事も、この国に来る事も出来ませんでした……」
だから女王様……と、笑顔が雪の女王様へと向けられた。
「私は、貴女が連れて来て下さる“冬”が大好きです」
花の王妃様の言葉に、女王様の唇が微かに動く。
無垢で真っ直ぐな彼女に、きっと女王様の心も揺れ動かされたのだろう。
「ねえ、お嬢さん! 貴女のお名前は?」
すると、花の王妃様が私に明るく尋ねる。
「私は、アリスって言います」
「アリスちゃん! カワイイお名前! 私は、マイアって言うの! 花の精達に頂いた大切な名前なの!」
嬉しそうに語るマイア妃に、私は「とっても貴女に似合う、素敵なお名前です」と返した。
「ありがとう!」
マイア妃は笑顔を私へと咲かせる。
「道中、お気をつけてね! アリスちゃん、女王様!」
マイア妃がそう言うと、隣の王様も一礼をし。二人は花畑の中へと去っていくのであった。




