雪の女王と“アリス”②
――“アリス”! 何処?
声が聞こえた。
――何処に居るの? “アリス”!
帽子屋の、声だ。
――ボクの大切な、ボクの“アリス”……。
そして、いつもの能天気そうな様子と違って悲し気な声だ。私は此処にいるというのに、どうして彼は私を探しているのだろう?
――“アリス”……ねえ、“アリス”……。
そんな声出さないで、私は。此処に、傍に居るんだから。
そう心に思いながら、私は声が聞こえる方へと手を伸ばした。視界に、自身の小さな掌が入る。そのまま伸ばせば、姿は確認出来ずとも彼に届く気がしていた。
何の疑いも無く、何の迷いも無く。
だが、その手は届かなかった。私の指先に、何かが当たる。それは、良く姿を確認する事が出来なかったが、壁のように私の前に立ちはだかっていたのだ。
今度は両手を伸ばす。しかし、掌は再び見えない壁に阻まれる。
――“アリス”……。
帽子屋の悲し気に呟くような声が、聞こえて来る。
私は此処だよ、此処に居るよ……と、私は心の中で叫ぶ。しかし、それは声に出す事は叶わず。決して、彼へと届く事は無かった。
***
「――目が、覚めた?」
冷たく、凛とした声が私に掛かる。
「……此処は」
私は辺りを見回した。
身体を寄りかからせていた方へと顔を上げると、すぐ上に。先程見た、美しく白い女性の双眸と交わる。
「あっ、すみません!」
私は慌てて、自分の身体を寄りかからせていた女性から身体を離す。
「大丈夫よ」
女性は冷静な声で言う。
「とっても寒そうだったから、凍死しないか心配だったけど。無事に目を覚まして良かったわ」
その口調は、先程と変わらず冷静で淡泊だった。なのに、言われた台詞はとても温かく優しいものだった。
「……ありがとう、ございます」
私はそう告げてから、辺りを見回してみる。
自分が今居るのは、湖で見た白いソリの上であった。
「あのまま、あそこで寝てたら。それこそ、凍え死んでしまうと思って。勝手に私のソリに乗せさせて貰ったわ」
「助けて下さったんですね……重ねて、ありがとうございます」
湖で寝てしまった私を、わざわざソリに乗せて運んでくれたのか……ありがたくも、申し訳ない。
「貴女の家は何処? 街の傍までだったら送って行くわ」
無機質に尋ねる女性。多分、これが彼女のデフォルトの話し方なのだろう。
「家は分からなくて……私、迷子なんです」
私がそう言うと、女性は無表情で私へ視線を向けた。
「なら、私の所に来る?」
唐突に尋ねられた質問に、私は驚愕の表情を向けてしまう。
「でも、いきなりそんな……」
「大きな宮殿で、私はいつも一人なの。滞在してる間、話相手になってくれたら……嬉しいわ」
彼女の口調は相変わらず、冷たく感情の色を感じさせない。
だが、その言葉に偽りがあるようには全く感じられなかった。
「……意外です。そんなふうに言って頂けるなんて」
「宮殿でも一人だし、外に出ても誰かと言葉を交わす事なんて滅多になくて退屈なの」
なるほど……感情は読み取りずらく、冷たい印象を抱いてしまうが。凄く優しい人だなぁ。
「私で良ければ……お話相手くらいにしか、なりませんが」
私がそう告げると、彼女は眉も表情もピクリとも動かさず。
「嬉しいわ。ありがとう」
と、再び無機質に返した。
「そういえば、貴女は一体……」
「さっき、私の事。呼んでいたじゃない」
さっき……あっ! でも、アレは。ついさっき、白鳥さんから聞いた話の人物を思い出しただけなのだが……。
「“雪の女王”」
出来過ぎの偶然を、私は彼女の淡々とした口調から目の当たりにする。
「人は私の事を、そう呼ぶわ」




