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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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雪の女王と“アリス”①


私は青虫から早々に離れたい一心で、ずんずんと歩みを進めていた。

会話が成り立ちづらい帽子屋と話しても、苛立つ事は殆どあまり無いにも関わらず。何故、あんなにも心が乱れたのであろう……疑問が胸に灯る。

そんな事を考えていると、いつの間にやら木々の中を抜け。開けた場所へと辿り着く。

そこには、日の光に照らされ。青々と生い茂った草花が健気に咲き誇る中に、大きな湖が広がっていたのだ。


「凄い、綺麗……」


陽光が反射し、輝きを放つ。

見渡す限り、水面は果てしなく広がっており。此処をぐるりと湖に沿って歩くのは、少々大変そうだ。

ずっと、歩き続けて疲れてきた所だし。私は空気の澄んだこの場所で、少し休息を取る事にした。

……そういえば、喉が渇いたけれど。湖の水って飲んでも大丈夫なのかな?

私は水面を覗き込み、ジッと見つめた。だが、見つめた所で反射した私の顔が映るばかりで。何も情報を与えてはくれない。


「――そんな所で、何をしてるの?」


ふいに掛かる声。

私が声の方へと顔を向けると、一羽の白鳥が私の傍らへと降り立ってきた。

白い羽はとても美しく、艶やかな輝きを放っている。


「小さい人間の女の子が、こんな所でどうしたの? もうすぐ、冬が来て此処は寒くなっちゃうのに」


不思議そうな表情で、白鳥さんが言う。

そうか、もうすぐ冬が近いから。近頃、肌寒さが強く感じるようになってきたのか。


「私、今、迷子で……」


もう、何処に行けばいいのか……私の目的地は存在するのか……何も分からない。

青虫の言葉に従い歩いて来たが、まだ全然何も見つかりそうにない。宛ての無い一人での旅路というのは、こんなにも心細く不安が胸を支配するものだったとは……。


「迷子か……僕にも、経験あるなぁ~」

「白鳥さんが?」

「うん」


優しく微笑みながら、白鳥さんは私に頷いた。


「僕ね、子供の頃ね。ママから『あなたみたいなみにくい子なんて、私の子供じゃない』って言われて。お家を追い出されたんだ。それからも、色んな動物達に『みにくい、みにくい』って言われて仲間外れにされてたんだ」


それは、辛い経験だっただろうなあ……。


「この湖にね、前の冬に辿り着いたの。もう、疲れちゃって……僕なんか、居ない方が良いって思って。死んじゃおうって思って……」


悲しそうに、苦しそうにそう語る白鳥さん。


「でもね、毎日泣いて辛かったけど。寒い冬を越して春になったら、僕いつの間にか大きくなっててね。そしたら、この湖に住んでた白鳥さんに声を掛けられたの!」


貴方、とても美しい羽を持っているのね……と。


「最初は、何を言ってるのか分からなかったけど。湖に映った僕の姿見てビックリしちゃった! 全然、昔と違う姿だったから!」


白鳥さんは嬉しそうに続ける。


「それからね、友達がいっぱい出来たの! 僕が、誰なのか分かったら。羽が生えて、遠くに行けるようになって。広い世界を沢山見れるようになったんだ!」


色褪せて見えていた世界が、こんなに鮮やかに美しかった……そう知る事が出来たと、白鳥さんは語る。


「空も海も花も、すっごくすっごく綺麗だった!」


嬉しそうに、白鳥さんはそう言った。


「だから、大丈夫だよ」


そして、その笑顔を私へと向ける。


「君の居場所も、絶対見つかるよ! 僕にも、見つけられたんだから!」


優しい白鳥さんの優しい言葉。初めて会った人間に、こんなに温かな励ましをしてくれるなんて……。


「ありがとう、白鳥さん」


私は胸に溢れる嬉しさを込めて、そう言った。


「あ、僕もう行かなきゃ。もうすぐ、雪の女王がやって来るから温かい地域に皆と一緒に渡るんだ!」

「雪の女王?」

「うん! 冬を連れて来る人なんだ!」


そんな方がいらっしゃるんだ。


「君も来る? 寒くなって雪が降ったら、きっと君みたいな小さな女の子は死んじゃうかもしれないよ!」


心配そうに言ってくれた白鳥さんの優しさに、私は微笑を浮かべて首を横に振る。


「ありがとう。でも、私はあなたのように空を飛ぶ事が出来ないから足手まといになっちゃう」


自分の足で、進んで行くね……と、私は白鳥さんにお礼と共に告げた。


「そっか……役に立てなくて、ごめんね……」

「いいえ、白鳥さんとお話出来て。元気が出たよ」

「なら良かった! 気をつけてね!」

「はい、あなたも。綺麗で優しい、白鳥さん」


私がそう言うと、白鳥さんは嬉しそうに私に頭を擦り付けてから。美しい羽を広げ、空へと飛び立っていった。

白鳥さんが空へ上がると、他の白鳥達が複数隊列を成して現れ。私に優しさをくれた白鳥さんを取り込み、彼方へと去って行くのであった。


……さて、また一人ぼっちだ。


此処でこうして居ても仕方が無い。私も、歩みを進めよう……そう思い、一歩踏み出そうとした瞬間。

身体を凍らせそうな程の寒さが、私の肌を刺した。冷たい風が吹いたのとは違う。空気が変わったのだ。その証拠に、吐き出した息が白く曇った。

先程より、空に雲が掛かり薄暗くなったように感じる。私は寒さに震えだす身体を両手で抱きしめた。爺やさんから頂いたコートがあるとはいえ、この寒さを完全に防いでくれてはいない。

ふと、湖に視線を向けると。先程まで、穏やかに揺らいでいた水面は少しずつ氷へと変化させていく。そして、少し日の陰った空からは。静かに雪が降り始めてきた。

私は膝を折り、体を小さくする。


その時、私の目の前に音も無く。氷のように透明な馬が二頭止まった。その馬は、背後に真っ白で大きなソリを引いていたのだ。


目前で止まったソリに、私は目を凝らす。ソリには、一人の女性が乗っていた。

凛とした切れ長の双眸が私を見ている。真っ白な肌に、真っ白なコートと服。

纏っている衣類と雰囲気、その表情はとても美しくも。触れたら冷たそうな雪のよう……と、そんな印象を私は抱いた。


「雪の、女王……様……?」


唇が自然と動く。

そこで私は、急激な眠気に襲われた。ここで寝てはいけない……そう分かっているにも関わらず。私の瞼は閉じられ、力の入らなくなった身体は地面へと倒れるのであった。

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