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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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迷いの途中にて


お城から続いていた道を、私はひたすらに歩いていた。

途中まで横に見えていた海は、段々と遠のいていき。道の脇に生える木々の陰へと消えていく。

歩き疲れたら少し休んで、お弁当を食べたりお菓子を摘まみ。小さな身体で、私はゆっくりと歩みを進めて行く。


――帽子屋、全然現れないな……。


ふと、メイドさんから貰ったお菓子を食べていた時に思う。

私が怒っていたから、出てきづらかったのだろうか? いや、彼にそんな殊勝な心があるとは思えない……。

何かあったのか? それとも、私はまだ。この世界でやる事でもあるのだろうか?

分からない事だらけの中で、再び答え合わせの出来ない疑問が生まれる。

とりあえず、ジッと考えていても仕方が無い。私は、進める所まで歩いて行こう。ずっと同じ所に立ち止まっているよりかは、何かヒントになる事があるかもしれないのだ。

大分、スタート地点が見えなくなった所までやって来た。

私の歩行を手助けしてくれていた道なりは、木々に囲まれた森の入口へと誘う。見渡してみても、左右は木や草が生い茂り、回り道出来きそうもない。

少々薄暗くなっている森の中を、私は進む事とした。

いつも、帽子屋や嗤う猫。白兎が居る、あの空間に比べたら全然明るい方だ。そう思い、あまり恐怖を直視しないで歩き進んで行く事を決める。


「――貴女は、誰?」


すると、頭上から降って来た声に顔を上げた。

しかし、声がしたと思われる頭上を見ても。木々の枝葉と、木洩れ日が差し込むだけで誰の姿も確認出来ない。

仕方なく、私は再び歩き出そうとする。


「ちょっと、無視しないで」


再び掛かる声。低く、何だかねっとりとした声で。男性のものか女性のものかも、判別しずらい声音だった。

再び、キョロキョロと頭上を探す。しかし、また見当たらない……視線を前方に戻した時、目の前に先程まで無かった大きなキノコが立ちはだかっているのに気が付いた。

キノコの笠が、丁度。私の頭に掛かる程の高さがある為、キノコ全体が確認出来ない。私は少し後方へ下がり、キノコの上部分まで確認を試みる。

そこには、キノコの笠部分でくつろぎながら、水煙管を咥える青虫の姿があった。その大きさは少し距離がある為、正確には分からなかったが。私と同じ位だろうか?

青虫は、私へ冷めた視線を送りながらフー……っと、煙を吐き出す。


「なんで、そんな遠くに居るの?」


不愛想に青虫が言う。


「いえ、あの……此処まで下がらないと、貴方の姿が見えなくて……」

「だからって、そんな離れてたら話しずらいじゃん」


確かに、そうだが……。

じゃあ、貴方が下りてきてくれないだろうか……。


「なんで、私が貴女の為にわざわざ動かなきゃいけないの?」


えっ? 今、私。口に出してないのに……。


「私が考えてる事、分かるんですか?」


私が尋ねると、青虫は再び水煙管に口を付け。そして、煙を吐き出した。


「だったら何?」

「どうして!?」


今まで、私の心の声が聞こえたのは帽子屋だけだった。

嗤う猫……チェシャ猫にも私の心の声は聞こえないのだと、以前教えて貰った。今まで私が出会ってきたエラさんやピノキオ、人魚姫さん達だって私の心情が聞こえていた様子は全くない。

なのに、何故……。


「そんな事より、私の質問に答えてない」


冷たい声で、青虫が私に再び尋ねる。


「貴女は、誰?」


少し、私はムッとして。


「さあ、自分でも良く分かりません。今、探し中なので」


と、感情的に言ってしまう。


「自分の事なのに、分からないの?」


青虫は不愛想な態度を崩さずに、さらに尋ねる。


「はい。前に目が覚めたら、自分の事は何も覚えていなくて」

「それは、どういう事?」


私の返答に、再び厳しめな強い口調で尋ねる青虫。


「だから、私は自分でも覚えてなくて。分からないから、探してるんですっ」


再び、感情的に語気荒く言ってしまう。


「探してるって、何を?」

「だから……私の記憶というか、私が誰なのかって事です」

「なんで?」

「なんで、って……知らないと、不便だから……」


今まで、青虫に対し強く言っていた言葉が少し弱まる。確かに私は“私が何者なのか?”を探しているが、それは私にとって“どうしても知りたい事”だとは思っていない。

本当に、ただ。無いと不便だ……と、思っている程度だ。


「そんなに欲しくないなら、なんで探すの?」

「……だから、無いと不便だから。今だって、貴方に尋ねられても私は何も答えられない……」

「どうして答える?」

「だから……!!」


私の口調は、再び荒々しさを取り戻す。何故だろう、この青虫には。何だか、無性に苛立ちを抑える事が出来ない。


「貴方が、私に質問するからでしょ!!」


私がそう言うと、青虫は私の事等。全く意に介していないように水煙管を咥えて、口から離して煙を吐き出す。


「なんで、答える?」

「だから、貴方が質問してるか――」

「答えなければ良いじゃない」

「え?」


眉を寄せて、私は青虫を見た。


「質問されても、答えなければ良い」

「そんなの、失礼じゃないですか……」

「どうして?」

「話しかけてくる人を無視するなんて、失礼です……」


青虫もさっき言ってたし。


「でも、貴女は答えられない」

「それは、答えられない質問をされているから……」


頭が混乱してきた……この青虫は、私にどうして欲しいというんだ……。


「別に、どうして欲しいとも思っていない」


再び、私の中に苛立ちの火が灯る。だが、心の内を知っているはずの青虫は構わず続けた。


「貴女は誰か? それは、本当に貴女が知りたい事?」


……そんなの、分からない。


「分からない事、多過ぎ」


青虫の呆れたような声が聞こえて来る。

……仕方が無いじゃないか。

私は“どうしたいのか”望める程、自分の事を何も知らないのだ……。好きな物、好きな事。大切な人や、家族が居るかどうかも分からない……今の私は、何も持っていない。

私を“アリス”と呼ぶ、帽子屋と嗤う猫、白兎の事も分からない。彼等と私が、一体どういう関係だったのかも分からない……どうしたら良いのか、何をしたら良いのか。私の方が教えて欲しい。


「教えてあげようか?」


私は、顔を上げた。


「“何をしたら良いか”、教えてあげようか?」


相変わらずの、冷たい視線が私を見下ろしていた。


「……どうして?」


絞り出すように、私は青虫に言う。


「さぁ? どうしてかな?」


青虫の言葉に、私は唇をキュッと結ぶ。


「あの山に向かって、ずっと進めば良い」

「そしたら、何か分かるの?」

「さぁ?」


吐き捨てるように冷たく言い放った青虫に、私は再びムッとする。


「ありがとうございます……他に行く所も無いから、行ってみます」


私はそれだけ言って、足早にキノコの横を通り過ぎて行く。

早く、この青虫との会話から逃げ出したい……その気持ちが強く、私の歩くスピードを上げさせるのだった。



  ***



アリスが足早に去っていく背中を見ながら、青虫は水煙草に口をつけ。そして、煙を吐き出す。


「私もだよ」


再び、同じ動作を繰り返した。


「貴女を見てると、無性に苛々する」


煙を吐き出してから呟かれた言葉が、アリスの耳に届く事は無く。薄くなってやがて消えていく煙と同じように、何の痕跡も残さずに空気に溶けていくのであった。

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