人魚姫と“アリス”⑪【完】
それから、更に夜が明けた次の日。
王子様と王女様の結婚式が執り行われた。
海の見える城の傍で、絵になる二人は素敵に着飾り。幸せいっぱいの笑顔を咲かせている。
「おめでとう、ございます」
私は、王子様と王女様に花束を手渡した。
「アリスちゃん、ありがとう!」
「大丈夫? 昨日は、あまり体調が優れなかったって聞いたけれど……」
王子様が嬉しそうにお礼を言うと、王女様が心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫です。ちょっと、海で遊んでたら身体冷やしちゃっただけで……」
人魚姫さんが消えてしまってから、城へ帰った私は食事をする気にも。仕事をさせて貰う気力も沸かず、その日は部屋に引篭らせて貰ってしまったのだ。
そして、皆が寝静まった夜。再び、夜の海にやって来た。
潮風に吹かれながら、いつまで待っても。人魚姫さんの歌声を聞く事は叶わなかった。また、あの歌を聞きたくて……あの声を聞きたくて。記憶に刻んだ彼女の事を思い起こす。
でも、それだけじゃ……やっぱり寂しかった。
瞳の奥が重く痛む。再び、涙が一粒ずつ零れた。
すると、キラリと光る貝殻を見つける。月の光を反射して光るその貝殻は、人魚姫さんの髪色と同じ色合いだった。
貝殻に、雫がポタリと落ちた。私の涙だった。
その貝殻を握りしめて、私は部屋へと戻りベットに横になる。
先程まで、全く眠る事ができなかったのに。急に、意識の底へと誘われていく。そこで、私は焦がれていたあの歌声を聞く事が叶ったのだ。
もう一度、会って話せる……そう思ったのに、彼女の姿は何処にも無くて。悲し気な旋律の歌が流れるだけだった……。
その日の朝は目が覚めた時、私の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
「あと、あの……王女様、これ。貰って下さいませんか?」
私は、昨晩拾った貝殻を王女様へと差し出す。
「まぁ! 綺麗な貝殻! 良いの? 頂いてしまって?」
きっと、こんなどこででも拾えるような貝殻より。もっと綺麗でキラキラと輝く宝石を持っているであろう王女様にも関わらず、嬉しそうに私の手から貝殻を受け取ってくれた。
本当に……非の打ち所がない、素敵な女性だ。
「はい……あのお姉さんが、お祝いにって……結婚式に参列できなかったし、お祝いの言葉も送れなかったからって……」
人魚姫さんもきっと、二人の結婚を祝福していただろう……自分の気持ちが報われなかったとしても、好きだった人の幸せを純粋に願っただろう。
だからこそ、彼女は自分のお姉さん達が持ってきた短刀を受け取りもしなかったのだ。
「嬉しいわ……ちゃんと、お礼を伝えたかった……」
二人には、人魚姫さんは家族が急遽迎えに来て慌てて帰る事になってしまった……と、嘘をついた。
親切にして下さった王子様達に、とても感謝していたと……本当の事を隠した。
「僕も、ちゃんとお別れとお礼を言いたかったな」
「アリスちゃん。もし、その方に会ったら『また、いつでも遊びにいらしてね』と伝えて貰えるかしら?」
王子様に続き、王女様が私に視線を合わせながら言う。
「……はい、きっと。喜ぶと思います」
私はギコちなく、笑顔を作った。
「では、私はそろそろ……本当に、お世話になりました」
そして、ペコリと一礼をする。
「本当に、もう今から行っちゃうのかい?」
「もう少し、ゆっくりしてからでも良いんじゃない? 迎えに来たご家族の方も、お城に泊まって頂いて……」
「いえ、うるさくって他人の話を聞かない人なので大丈夫です」
私は、自分の家族が迎えに来たと嘘をついて此処を出て行かせて貰う事にしたのだ。
……此処に居るのは、私にはきっともう、耐えられないから……。
「では、結婚式の最中にすみません……お二人共、お幸せに」
最後の言葉に、私は自然な笑みを添える事が出来て。自分の中で、安堵する。
「ありがとう、アリスちゃん!」
「また、アリスちゃんも、いつでも遊びにいらしてね!」
最後まで、二人は優しい笑顔を私へと向けてくれるのだった。
二人の傍を離れ、城門を潜ろうと歩みを進めていたその時。
「アリスちゃーん!」
「待ってー!」
聞き覚えのある声に、足を止めて振り返る。
慌てて走って来たのは、メイドさんと料理長さんの夫婦だった。
「もう、急に出て行くなんて……」
「びっくりしたよ……」
メイドさんと料理長さんが、乱れた息を整えながら言う。
「すっ、すみません……突然、家族が迎えに来て……」
優しい人達につく嘘は、気分の良いものではないな……。
「これ、持っていきな!」
料理長さんが、可愛らしいピンクの布の包みを私へと渡す。
「急いで作ったから、大したモンは詰めれなかったけどお弁当。家に帰る途中で、迎えに来た家族と食べな!」
料理長さんが、笑顔でそう言って下さる。
「私からもコレ」
メイドさんは、また別の包みを渡してくれた。
「結婚式で用意したお菓子。色々、詰めてきたの。アリスちゃんあんまり食べれてなかったから……これも、行きながら家族の人と食べて!」
メイドさんの言葉に、私は「ありがとうございます」と返す。
「すみません……こんなに親切にして頂いてしまって……」
貰ってばっかりで、私は何も返せてないのに……。
「何言ってるの!」
「アリスちゃんの役に立てたら、それだけで嬉しいんだから!」
メイドさんと料理長さんは、同じような明るい笑顔を咲かせてそう言った。
「本当は、あの口の利けなかった女の子にも何か渡したかったんだけど……アリスちゃんには、間に合って良かったわ!」
メイドさんの優しい言葉と表情に、涙が溢れそうになるのを私は必死で堪える。
私以外にも、人魚姫さんの事を想ってくれている人が居てくれて本当に嬉しかったのだ……。
「それ聞いたら、きっとお姉さん……喜びます」
私の言葉に、メイドさんは「だと嬉しいわ」と笑って言った。
「アリスちゃん~!」
すると、今度は爺やさんが走って来る。
「爺やさん、もう歳なんだから無理しちゃいかんって」
「料理長、余計なお世話です!」
料理長の少し失礼な一言に、爺やさんはムッとした様子で返す。
「それより、間に合って良かった……最近、少し冷え込んできたからコレを着ていきなさい」
爺やさんは、私に青のコートを差し出してくれた。
「こっ、こんな……頂けないです……!!」
こんな高価そうな物……。
「貰ってあげて、アリスちゃん」
「じゃないと、爺やさん。『気に入って貰えなかったんじゃないか……』って、今晩泣くから」
「だから、料理長。貴方は余計な事を言わないで下さい!」
メイドさんの言葉に続けた料理長さんに、爺やさんが再び厳しめの口調で返す。
「どうぞ、アリスちゃん。お気をつけて、おかえり下さい」
優しい笑みで差し出して下さったコートを、今度はお礼を述べて受け取り。袖を通させて頂いた。
潮風が大分冷たく感じ始めていたので、そのコートはとても暖かくありがたい。
「皆さん、本当に……色々、ありがとうございました」
身に余る程のたくさんの贈り物と、優しさを貰ってしまいながら。私は三人にもう一度お礼を言って、城の門を潜り抜けた。
いつもなら、帽子屋が迎えに来てくれる頃な気がするが……今回は、その気配が無い。まぁ、それならそれで。もう少し、疲れ果てて足が動かなくなるまで……何処かまで、歩いてみよう。
そう思いながら、どんどんお城から距離を離して行く。
その時、風が吹き抜けた。
先程まで感じていた、冷たい潮風ではなく。温かく、優しい風だった。
その風は、私の髪と。髪に飾られたリボン――人魚姫さんから貰った大切な――を揺らす。
そして、風の音に交じって。歌が聞こえた気がした。大好きな歌声の、旋律……そんな気がした。
―――…
「今、何か言ったかい?」
お城にて、結婚式の最中。王子様が王女様を振り返り尋ねた。
「いいえ、私は何も」
不思議そうな表情で、王女様が言う。
「おかしいな……誰か、歌ってた気がしたんだけど……」
その時、王子様の頬を一筋の雫が伝った。
「まぁ、どうしたの?」
王女様が心配そうな表情で、ハンカチで彼の涙を拭う。
「アレ、どうしたんだろ……僕……」
「そんなに、アリスちゃんが居なくなって寂しいの?」
「あぁ……そうかも」
少し呆れたように笑う王女様に、王子様は苦笑いを返す。
「アリスちゃんもだし、あの声を無くした女の子も……一気に妹が二人も出来て、一気に居なくなってしまったから……寂しいのかもしれない……」
「二人共、無事に本当のご家族の元へ帰れたんだから。祝福してあげないと」
「……そうだね」
王女様の言葉に、王子様は微笑んだ。
すると、温かな風が吹き抜け。王女様の髪を、王子様の頬を優しく撫でる。
まるで、二人の結婚を祝福してくれるように。
歌が流れていた。
海の上を流れて行く風の音の中に、かすかに小さく……美しい声と、旋律が聞こえた。
その歌声は、聞く人を幸せにしてくれるような……そんな風に明るく優しく奏でられている、そんな歌だった。
【人魚姫と“アリス”‐FIN‐】




