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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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人魚姫と“アリス”⑧


翌日、カーテンの隙間から差し込む日の光が私の顔を照らして起こす。

人魚姫さんは、私を抱き枕代わりに腕に収めた状態で。静かな寝息を立てている。

そっと、彼女を起こさないように。私はこっそりと、ベットを抜け出した。


「あら、アリスちゃんおはよう」


頭をまだ少しボーっとさせながら、私はメイドさんの所へと向かう。


「おはようございます……」

「まだ、おねむさんみたいね」


メイドさんはおかしそうに少し笑いながら言った。


「気にしないで、ゆっくり寝てても大丈夫なのに」

「いえ……お世話になってるのに、そういう訳には……」

「アリスちゃんって、子供じゃないみたいね」


笑みを携えながら、メイドさんが続ける。


「子供だから、って意味だけじゃなくて。もっと、甘えて良いのよ?」

「でも……」

「私だって、もう良い大人だけど。旦那には結構キツイ事も言うし、我儘だって言うわ。アリスちゃんには、今は傍に家族が居ない分。私達の事、家族だと思って甘えたりワガママ、言ってくれて良いんだからね?」


そんな、私には……勿体ない。


「その方が、私達も嬉しかったりするのよ」

「えっ?」


驚いて顔を上げた私に、メイドさんが笑顔を向ける。


「だって、その方が。私達に心を開いてくれてるんだ……って、こっちも甘えられるじゃない?」


そういうもの、なのだろうか……メイドさんの言葉を、戸惑う頭で私は考えた。


「勿論、すぐじゃなくて。アリスちゃんのペースで良いのよ」


メイドさんにそう言われ、私は「はい、ありがとうございます……」と言葉を返す。

まだ、自分の中でピンとは来ないが……ちょっと、考えてみよう。


「そういえば……メイドさんって、結婚されてたんですね」


若そうだから、まだ独身かと思っていた。


「まぁね……お城で働き始めてから、惚れられて。百一回、告白されて折れてあげたわ」

「旦那さん、凄い根性ですね……」


百一回って……めちゃくちゃ頑張ったな。告白する方も、振る方も。


「子供の頃から厳しい料理修行ずっとやってたからか、根性だけはあるのよ。あとは、基本ダメダメな亭主だけどね」

「料理人さん何ですか?」

「そう、この城で料理長してる無骨な男よ」


メイドさんの言葉に、私は一瞬硬直する。


「えっ?」



 ***



「んだよ、アイツ、そんな事までアリスちゃんに話しやがったのかよ……」


厨房の手伝いにやって来た私は、先程聞いた話を料理長さんへと尋ねてみた。

……本当だったんだ。


「料理長、あの頃は凄かったよ!」

「毎日、バラの花持って猛アタック!」

「んで、毎日振られて暗い顔で仕事してたんだよ」


他の料理人さん達が楽しそうに告げる。

なんだか、その時期のご飯は悲しい味がしてそうだな……。


「テメーら、アリスちゃんに余計な事吹き込んでんじゃねぇ!!」


料理長さんが怒鳴る。


「余計な事って」

「純然たる真実で、実際にあった出来事じゃないスか!」

「アリスちゃんだって、聞きたいよね」

「はい」

「ちょっ、アリスちゃん~!?」


私の素直な返事に、料理長さんが情けない声を出す。

そんな様子に、厨房の料理人さん達は皆笑い出し。私も小さく笑ってしまった。


「テメーら! 遊んでねーで、さっさと仕事しろ! 今日は、昼過ぎに来賓があるから。お客様用の料理も作んだぞ!」


料理長さんの言葉に、皆さんは笑いながらも素直な返事と共にそれぞれの持ち場に戻って行く。


「今日は、お客さんが来られるんですか?」


私は自分に割り当てて貰った作業である、卵を数個。ボールに割り入れる作業をしながら、料理長さんへと尋ねた。


「ああ、隣の国の王女様が。王子様とお見合いに来られるんだ」


料理長さんの言葉に。私の中で、冷たく呼吸が一瞬止まった。



 ***



私は厨房の手伝いが終わってから、王子様か爺やさんの姿を探した。

しかし、朝食を終えていた二人の姿を探すのは困難で。広い城内の部屋をあちこち覗き込み、時間を消費するだけに終わってしまう。

仕方なく、メイドさんに再び仕事を与えて貰い城の庭の掃き掃除を始めた。せめて、何か手を動かしていないとどうも落ち着かなかったのだ。

……王子様は、今日のお見合いをどう思っているのだろうか? 隣の王女様と、結婚しても良いと思っているのだろうか……グルグルと、不安な気持ちが渦巻いた。


「――相変わらず、アリスちゃんはお手伝いをして偉いなぁ」


すると、爽やかな声が私に掛かる。


「王子様!」


私は勢い良く、顔を彼へと向けた。


「ん? どうしたの?」


優しく微笑みながら、少し屈んで私へ視線を合わせてくれる。


「あっ、そのリボン。あの娘から貰ったんだね!」


王子様は私の髪に飾られた夜色のリボンを見て、笑みを浮かべる。


「昨日、街に出掛けた時。アリスちゃんにお土産をって、あの娘が選んだんだ」


そうだったんだ……そんな、気を遣わないで。楽しんでくれて良かったのに……。


「とっても似合ってるよ! あの娘も喜んだんじゃないかな?」

「ありがとうございます。受け取ったら、すっごく喜んでくれました」


自分では、髪飾りが可愛すぎて似合っていると感じられないが……。


「それは良かった」


眩しい笑顔を放つ王子様。


「あっ、あの」


他愛ない話に花が咲いてしまったが、折角捜し人が見つかったので。お見合いの事を聞かなければ。


「今日の昼過ぎに、隣の国の王女様とお見合いって……」

「ああ……そうなんだよ。父達が勝手に話を進めてしまってね。僕も含めて、皆、今日いきなり聞かされたんだ。困った話だろ?」


眉を八の字にして、王子様は言った。


「じゃあ、王子様。隣の国の王女様とは……」

「結婚?」


彼の言葉に、私はコクリと頷く。すると、王子様は膝を折り、私の耳へと唇を寄せた。


「アリスちゃんには前に話したから正直に言うけれど、僕はまだ修道院の彼女の事が忘れられなくてね……他の女性と結婚するつもりは、全く無いよ」


何とか理由をつけて今回の事は断るつもりだ……と、王子様は言う。

良かった……と、私は胸をなで下ろす。安堵のあまり地面に座り込んでしまいそうな程、体の力が抜けそうになるが気力で堪える。

修道院で生涯、神様の為に修行をするその女性と王子様は結婚出来ない。ならば、王子様の気持ちの整理が着くまでに人魚姫さんが王子様と相思相愛になれば……二人はきっと幸せになれるはず。


「王子様、こちらに居られましたか」


すると、爺やさんが私達の元へと駆けて来る。


「隣国の王女様がお見えです、お出迎えを――」

「――あっ、お嬢さん! 久しぶりね!」


爺やさんの言葉を遮り、明るい声が私へ向けられた。聞き覚えのある、声だった。


「元気そうで良かったわ。でも……まだ、帰れてないのね……」


その声の人物は、以前着ていた落ち着いた色合いの質素な身なりでは無く。煌びやかな淡い黄色のドレスに身を包み、あの日……私と王子様に海岸で声を掛けてくれた時と同じ、優しい笑みを携えていた。


「ご家族、きっと心配されてるわ……早く、お家見つかると良いわね」


女性は先程、話していた修道院の修道女さん。王子様の、想い人であったのだ。


「どうして、君が……」


驚く私の横で、同じく驚く王子様が尋ねる。


「私……淑女としての修行の為に、数ヵ月あの修道院で修業をさせて頂いていたんです」

「それじゃあ……」

「正式の修道女ではありません」


微笑みを浮かべ、彼女が言った。


「爺や、彼女が隣国の?」


そう尋ねると、爺やさんは「左様です」と続けた。


「こちらのお方が、本日。貴方様のお見合い相手である、隣国の王女様に御座います」


爺やさんの言葉に、王女様は礼儀正しくスカートの裾を軽く持ち上げて一礼する。


「以前は、本当の身分を隠し失礼致しました。改めて、本日は何卒宜しくお願い致します」


彼女が顔を上げた刹那、王子様は王女様の右手を取り。目の前で跪いた。


「……僕は、なんて世界で一番幸せな男なんだろう」


王女様が不思議そうな顔で見つめていると、王子様は彼女の右手を両手で包み込んで真っ直ぐに視線を送った。


「あの日、海で助けて頂いた日から……貴女の事が忘れられませんでした。どうか、僕と結婚して下さい」


王子様の言葉に、王女様は少し頬を赤く染めて。


「私も、あの日。貴方様と出会ってから、毎日想っておりました……」


王女様は、左手を王子様の手に重ねる。


「私でよろしければ、喜んで」


嬉しそうに言った王女様の返事に、王子様も嬉しそうに表情を輝かせた。

とても美しく、絵になる二人。そして、ロマンティックな光景だった。

なのに……私の心は軋み、痛みが襲った。人魚姫さんの笑顔が浮かび、思わず王子様と王女様から視線を逸らす。

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