人魚姫と“アリス”③
外観だけでなく、お城の中はとても大きく広く綺麗であった。
私は沢山ある使ってない部屋を一部屋、借して頂ける事となったが……。
「広い……」
その広さと、豪華さに絶句する。
今まで、屋根裏部屋や小さなお家にお邪魔させて頂いてた私が。いきなり、こんな凄い部屋を与えられても困ってしまう。何なら、ジェペットさんの家と同じくらいの広さがこの部屋はありそうだ。
室内にある、大きなベットや掃除の良く行き届いて埃一つない書き物机や椅子。天井で、まだ明かりも点いていないのに輝くシャンデリア。踏むのも罪悪感を感じてしまう毛の長い新品のような絨毯に立ち尽くす。
すると、コンコンとノックが鳴った。
「アリス様」
“様”!?
こんな子供に様付けをして入って来たのは、黒い膝下スカートに白いエプロンを合わせ。髪をきっちり纏め上げたメイドさんだった。
「今、着ているお洋服。汚れていると思いますでの、洗濯させて頂きますね。あと、お風呂の方がご用意出来ておりますので、ご案内致します」
「いっ、いえ! そんな申し訳ありませんので、洗濯も自分で……」
「いいえ、王子様から不自由不便の無いように。と、仰せつかっておりますので」
「いえ、あの……」
しかし、優しいメイドさんは。戸惑う私をよそに、半強制的にお風呂へと連行し。洗濯をする為に、服を剥がしていったのであった。
***
それから、お風呂から上がった私は。元々着ていた私の服が乾くまで、薄いピンクの可愛らしいドレスを貸して頂く事になったのだが……。
「似合わないな……」
鏡に映った自分の姿を見て思わず呟く。
自分の貧相な容姿の割に、洋服が可愛すぎて“着ている”というより“着せられている”という印象を抱いた。
それから。夕飯を恐れ多くも、王子様とご一緒させて貰う。
食事も、今までエラさんやジェペットさんの所で食べさせて頂いていた物に比べてとても豪華で見慣れない食材が多く並んでいた。
美味しさは、この料理も。エラさん、ジェペットさんのも甲乙つけがたい程、どれもそれぞれ美味しかったが。
「アリスちゃんは、どんな所から来たんだい?」
食事の傍ら、王子様が私に尋ねる。
どっ、どんな所!?
「えっと……」
いつも暗くて、変な帽子屋と嗤う猫と、けたたましい白兎が居る所……とは、流石に言えないか。
「何にも無い所です……」
精一杯引き出した私の言葉に、王子様は不思議そうな表情を浮かべる。
「何にも無い……そんなに、田舎なのかい?」
「そっ、そうです!」
本当に、ただ何にも無いだけなのだが……。
「そっか……」
と、言葉を溢した王子様に続き。傍に控えていた爺やさんが「もし」と、優しく言葉を掛ける。
「何か、印象に残っている建物や。美味しかった食べ物等を思い出したら、是非教えて下さい。アリスちゃんの家の、手掛かりになるかもしれませんので」
「……はい」
私は気まずさをひた隠して返事を返す。
――なんとか少し居心地の悪かった夕食を終え、借りている部屋へと戻ると。部屋のベットに用意されていた、ツルツルで肌触りの良いワンピースタイプの寝間着へと着替えて就寝の準備を整える。
しかし、やっぱりどうも落ち着かず。部屋から見える海を見て気分転換をしようと、バルコニーへ出る事とした。
潮の匂いが、冷たく吹く風に乗せて私の鼻腔を刺激し。通り過ぎざま、頬を優しく撫でて髪を揺らした。その時、耳に風とは違う音が聞こえて来る。
それは美しい輪郭を持った旋律だった。聞いた事のある、澄んだ声で奏でられる――
私は部屋を出て、海に向かって駆け出した。




