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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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操り人形と“アリス”⑲【完】


それから、私達はジェペットさんの家へと帰宅する前に警察に行って、ロバから人間に戻った子供達と。人間に戻っていた、ロバを売っていた男達(魔法使い帽子屋曰く「ついでに戻しておいた」らしい)を、船ごと引き渡す。

私達は事情聴取を受けてから、ようやく家路へとつく事が出来た。辺りはすっかり深い藍色に包まれ、月と星が空高くで輝きを放っていた。


「アリスちゃん、疲れたじゃろう? 無理せんで良いからのう」

「いえ、私が作らないと意味ないと思うので……」


きっと、帽子屋がうるさいだろうから。

私はジェペットさんの傍らで、材料を切ったり。次に使う物を用意したりと、簡単な手伝いをする。

これでも、ジェペットさんの家に住まわせて貰いながら教えて頂き。最初の頃より、随分と出来る事は増えたのだ。


「ねえねえ、アリス!」


すると、テーブルの片づけをしていたピノキオが私へと声を掛けて来る。


「あの魔法使いさんは、どこ行ったのかな?」


そういえば、私達が警察に行くと何処かへ消えてしまったな。


「きっと、ご飯が出来たら。また、出て来るよ」

「……そっかぁ」


私の言葉に、ピノキオは少し顔を俯かせた。


「どうしたの? ピノキオ」

「だって……あの魔法使いさんが来たら、アリス。ここから居なくなっちゃうんでしょ?」


そうだ……私はまた。「大切と思える存在」になった彼等と、お別れをしなければいけないのだ。エラさん達の時と同じように……。


「だったら……あの魔法使いさんには、本当に感謝してるけど……来て欲しくないなって……」

「ピノキオ……」


このまま、ずっと……もしも、ジェペットさんやピノキオ。コオロギの幽霊や、他にも関わった人達とずっと一緒に生きていけたら。私はきっと、幸せなのだろう。

辛い事や悲しい事があっても、それを分かち合ってくれる人達が居る。嬉しい事や楽しい事があったら、それを共有して笑顔になってくれる人達が居る。

考えただけで、幸せで……恵まれている事だ。


……でも。きっと、此処は私の居場所では無いのだ。


それは、エラさんの時にも感じていた。優しいエラさん、明るく楽しいネズミ達と過ごす時間はとっても楽しく幸せだった。

でも、どこか……自分が居ても良い場所には感じられなかった。

エラさんとの時間も、ピノキオとの時間も。とっても掛替えの無い大切で愛おしい時間だった。それは今でも自信を持って言える、私の宝物だ。

けど、あの一時……そして、この一時は。激しい通り雨が止むのを待つ、雨宿りのようなものなのだろう。

ずっと、此処に居てはいけないのだ。例え、雨が降り止まなくても……。


「……私も、此処でずっと暮らせたらどんなに幸せだろうって。凄く思うよ、ピノキオ」


私の言葉に、ピノキオが顔を上げる。

作り物の木で出来た瞳は、それでも純粋で無垢な光を放ち。私の心を、チクリと刺した。


「でも、私。探してる物があるの」


欲しい物、と言える程。渇望している訳ではない。

でも、私が一体どこの誰で何処から来た存在なのか……それは、やっぱり一応。知っておきたい事だった。


「だから、私……行くね」


最後に、皆と一緒にご飯を食べて。楽しく贅沢な最後の一時を頂いて……そして私は再び、宛ての無い手探りの冒険をしに歩き始めよう。

私の言葉に、ピノキオの瞳から流れる筈の無い雫が零れた……そんな気がした。ジェペットさんは、何も言わず。ただ、私とピノキオの頭を優しく大きな手で包み込み。撫でてくれた。

その手が温かくて、優し過ぎて……私も目頭が熱くなったが、思い切り泣く事の出来ないピノキオの前では申し訳なくて飲み込んだ。


――それから、私とジェペットさんは料理を再開。帰った時間も遅かったので、夕飯は大分、夜遅くに完成を迎えた。


「ピノキオ、こんなに夜遅くまで起きてるのは今夜だけじゃからな?」

「うん! 明日からは、9時にはちゃんと寝るよ!」


先程まで、浮かない表情をしていたピノキオが笑顔で言う。


「遅くまで寄り道しないで帰って来て、宿題終わらせて……」


それからね……と、ピノキオは続けた。


「明日からはアリスが居なくなっちゃうから、お父さんのお手伝いもするんだ! ぼくも、アリスに負けないようにお料理作れるようになるからね!」

「ピノキオ……」

「ぼく、明日から。いっぱい頑張るね! アリスの分もいっぱい頑張って、勉強も頑張って、テストで百点も取って。それでね、絶対人間の子供になるからね!」


だからね、アリス……ピノキオの無邪気な笑顔が私へと向けられる。


「アリスも探し物、頑張ってね! それでね、見つかったら、また会いに来てね!」


その頃には、ぼく人間になってるだろうけどね! と、ピノキオは笑った。


「ありがとう、ピノキオ……」


嬉しくて嬉しくて、どうしようもない気持ちがいっぱいなのに。私は、そんな言葉しか紡げなかった。


「アリスちゃん」


今度はジェペットさんの声が、私を呼んだ。


「また、いつでも遊びに来ておくれ」


そう微笑んだジェペットさんの笑顔の温かさは、ピノキオとそっくりだった。二人は、本当にちゃんと。親子なんだなあ。


「ありがとうございます……」


私は「はい、また絶対会いに来ます」と返事を返した。


「ピノキオの人間姿、楽しみにしてるね」

「えへへ! ぼく、カッコよくなっちゃってるかもよ!」


笑みを交わし合う私達。すると、『アリスさん、アリスさん!』と浮遊するコオロギの幽霊が私を呼んだ。


『色々、本当にお世話になりました』


コオロギは深々と頭を下げ、お礼を言う。


「いっ、いえ……私は何も……」

『いいえ、アリスさんには沢山。お返し出来ない程、私もピノキオも助けて頂きました。貴女はまるで、幸せを運んでくれる天使様だ!』

「大袈裟な……そんな、大層なものでは全くないです……」


私が困った表情でそう言うと、コオロギは少し楽しそうに笑った。


『本当に、ありがとうございました。こんなちっぽけな虫の幽霊ですが、是非またお会い出来たら光栄です』

「私も、また是非会えたら嬉しいので。もう少し、成仏は待っていて下さいね」

『これが、また新たな未練になりそうです』


コオロギの言葉に、私達はまた笑ってしまう。

それからも、私達はいつもより豪華な食事を食べながらお話を続けた。

最後の夜……もう二度と無いこの瞬間を大切にしたくて。このまま、明日なんて来なければ良いのに……と、心のどこかで思ってしまいながら。

そして……大分夜も更けた頃。私達はそれぞれの寝床へと入った。


「……結局、魔法使いさん。来なかったね」


ソファーで寝る私の直ぐ下の床に、タオルを沢山敷いて寝ていたピノキオが声を掛ける。


「……そうだね」


眠ってしまったジェペットさんを起こさないように、私は小さな声で返す。


「ねえ、アリス……もしも、もしもね。このまま、ずっと一緒に居れたらね」


きっと、明日の朝日が差し込んだ時には。私は居ないのだろう……そんな事を、頭の片隅で考えながらピノキオの言葉を私は聞いていた。


「ぼくが、人間になったらね……」


この夜は、あの帽子屋からのささやかな贈物か何かなのだろう……エラさんの時には、きちんとお別れ言えなかったから……。


「ぼくと……“けっこん”、してくれる?」


暗闇の中、私は彼が懸命に紡いだ言葉に惑った。


「ピノキオ……結婚って、意味分かってる?」


まだ勉強中で、知らない物事の方が多い彼に私は尋ねた。


「分かってるよ」


私の質問に、ピノキオは笑みを浮かべていると分かる声で言う。


「大好きな人と、家族になる事でしょ?」

「……そうだけど」


そうじゃないよ、ピノキオ。


「あとね、結婚って。大人にならないと出来ないよ」

「うん、だから、ぼくとアリスが大人になったら……」

「うん、だからね……」


と、私は続けた。


「結婚について、考えるのも答えを出すのも。私達が、大人になってからね」


それだけ言って、私は目を閉じる。すると下方から「はーい……」と、少々気の抜けた声が聞こえてきた。

ピノキオにとっての“家族になりたい”と、一般的な結婚における“家族になる”の意味は違う。私は、彼にとっては、ちょっと口煩いお姉さんみたいな存在だ。

彼がもっと色々な事を知って、人間になって、そして大人になった時。ずっと一緒に生きていきたい……そう思える女性と出会えるまで。この件は保留にさせておくべきなのだ。

いつか……そんな時が来て、彼が新しい幸せを見つけるまで……。

きっと私が居ない、見る事の叶わぬであろう未来を想像し。その幸せを願った時、私の意識はゆっくりと静かに。暗闇の中へと落ちて行くのであった。


――おやすみ、“アリス”。良い“夢”を



 ***



翌日。ピノキオが目を覚ますと、アリスが寝ていたソファーに彼女の姿は無かった。

ジェペットとコオロギの幽霊に、少し寂しい気持ちを聞いて貰ってから。朝食を食べ、ピノキオは学校へと出掛けて行った。


「――ピノキオ」


すると、彼を呼び止める聞き覚えのある少年の声が届く。


燈心とうしん!」


それは、ピノキオと一緒に「おもちゃの国」に行き。全身ロバに変身をしたピノキオの友達で、“燈心”というあだ名の少年だった。


「体はもう大丈夫かい?」

「ああ、すっかり平気さ。母ちゃんと父ちゃんには、スゲー怒られちまったけどな~」


ニッと笑ってから、燈心は「ありがとな……」と少し視線を逸らして気恥ずかしそうに告げる。


「えっ?」

「お前なんだってな、俺達の事助けてくれたの」

「……ぼくじゃないよ、アリスが君達を助けてくれたんだ」

「でも、ロバから戻してくれたのは……」

「それは、魔法使いさんだよ」


ぼくはお願いをしただけさ……と、ピノキオが言う。


「……すげーよ、お前」


燈心の言葉に、ピノキオは不思議そうな表情で首を傾げる。


「俺がもし願い事すんなら、絶対自分の事願うに決まってるからな!」

「君っぽいね!」


二人は笑顔を交わし合った。


「あのチビは?」

「アリスの事?」

「ああ」

「アリスはね、探し物を探しに行っちゃったんだ」

「何だそれ?」


眉を寄せる燈心に、ピノキオは「ぼくにも良くは分からないけど」と笑う。


「アリスがしたい事なら、ぼくは応援するんだあ!」


アリスもぼくの事、応援してくれたから! と、燈心に返すピノキオ。


「ふーん、なーんだ……」


ピノキオの言葉に、燈心はつまらなさそうに続ける。


「あのチビに、殴られた仕返ししたかったのによお」

「いくら君でも、アリスにヒドイ事はしないでね!」

「俺はやられた分を返したかっただけだ……でも、いねーなら意味ねーな」

「また、絶対会えるよ」


笑顔を浮かべて、ピノキオが言う。


「ぼくが人間になったら、また会いに来てくれるんだ!」

「じゃあ、そん時に仕返ししねーとな!」

「だから、アリスにヒドイ事はしないでね! 燈心!」


はいはい……と、面倒臭そうに返事をする燈心に。ピノキオは「もう……」と困った声を出す。


「それより、早く行かねーと学校遅刻すんぞ」

「あっ、いけないっ!!」


ピノキオは燈心の言葉で、学校へと向かう足を急がせる。


「燈心、君は行かないの?」


ピノキオが尋ねると、燈心は「俺は」とニヤリと笑みを浮かべた。


「行くよ、学校」


燈心の言葉に、ピノキオは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「お前のお陰で家に帰れたからな。暫くは、真面目に学校行ってやろうかな~って思ってよ」

「また、ロバになりたくないもんね」

「うるせー!」


燈心はピノキオを追い越し、走り出す。


「置いてくぞ、ピノキオ!」

「待ってよ、燈心!」


続いてピノキオも走り出した。

これから学校へ行き、勉強を頑張り、ジェペットや他の人達に優しい心を向け続ければ。彼が人間の子供になれる日は、きっと……そう遠くない未来であろう。



【操り人形と“アリス”‐FIN‐】

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