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おとぎ世界のアリス  作者: 志帆梨
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操り人形と“アリス”⑱


疲れに抗えず、眠りに落ちた私は真っ暗な景色のみが広がる世界に居た。

しかし、見慣れてしまった景色だ。今、私が所持している記憶の最初に見たのは此処だったのだから。

ただ、今。この空間には、私以外誰も居ない。それは、いつもと違い何だか落ち着かなかった。

嗤う猫も、慌ただしい白いウサギも。茶色い視点の定まっていないウサギのぬいぐるみと、眠っているヤマネのぬいぐるみが飾られたテーブルと椅子とティーセット。

そして……貼り付けたようにいつも笑みを浮かべる帽子屋。

居るとうるさいが、居ないと今度は静寂の方が耳に障る。

……あの時。私が海に落ちた時に、私を最初に呼んだ声。それは、何処か彼の声に似ていた。

でも、いつもの愉しそうに真意を覗かせる事を阻むような感じではなく。必死に、心から叫ぶような……そんな声だった、そんな気がした。



 ***



「あっ、アリス寝ちゃったね!」


舵を動かすジェペットの傍で前方の景色を見つめていたピノキオが、不意に振り返り言う。


「しー……寝かせてあげなさい」


ジェペットが口元に人差し指を当てて、静かに言った。


「はーい!」

『そうですね。昨晩は、全然寝ておられなかったですし』


ピノキオが元気に返事をしてから、コオロギの幽霊が座って眠るアリスを見ながら言う。


「ぼく、またアリスに迷惑掛けちゃったなあ……」


すると、少し暗い表情をするピノキオ。

最初に木に吊るされていたのを助けて貰った時から、「おもちゃの国」でもピノキオはずっと。“アリス”という、自分と背丈の変わらない小さな少女に助けられてばっかりだった。

そればかりではなく、勉強や人間にとっての大切な事……挨拶やお礼や謝罪の言葉等、自分の気持ちを伝えて、人と触れ合う方法も。色んな事を、彼女と一緒に経験をして教えて貰ったのだ。


「ぼく、アリスにお礼したいな……」


いや、アリスだけではない。


「お父さんにも、コオロギさんにも……今回、助けてくれたマグロさんにも」


ピノキオはジェペットを振り返る。


「ぼくには、何が出来るかな?」


その言葉に、ジェペットとコオロギの幽霊は優しい笑みを咲かせた。


「ワシにとっては、そう思ってくれるだけで十分なお礼じゃよ」


言葉を話す丸太から、操り人形に作り変えられたピノキオは。それはヤンチャな子で、生みの親であるジェペットの言う事など全く聞かない上に。善悪の区別がつかず、自分の興味や欲望に任せて好き勝手な事ばっかりして周囲を翻弄していたのだ。

そんな彼が……他人に愛情や優しさを向けている。ジェペットは、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。


『私も、ピノキオが優しい子になってくれただけで……』


あっ、でも……と、コオロギはふと思い出したように言葉を続ける。


『明日から、明後日も明々後日も真面目に学校に行って。一生懸命、勉強をするのも私にとってはお礼になりますよ!』

「うん! 明日からはちゃんと学校に行って、もう夜遅くまで寄り道はしないよ!」


コオロギの言葉に、ピノキオがそう言うと。ジェペットも含めて、三人は笑い出すのであった。


――そんな君に、ボクからプレゼントを差し上げようー!


この場に居た三人のものではない、知らない声が降ってくる。

キョロキョロと周りを見回してから、三人は不思議そうに顔を見合わせた。


「今、声がしたような……」


ピノキオの言葉に、コオロギも不思議そうな表情で。


『はい。私にも聞こえました』


と、言い。続けてジェペットも。


「ワシもじゃ」


と、舵を握ったまま言う。

だが、それから。その声は聞こえて来る事は無く、三人は気に掛かりつつも気のせいと片付ける事とした。


「おっ、港が見えてきたぞ」


マグロの後に続き、船を走らせていたジェペットが明るい声で告げる。


「ヤッター! これで、お家に帰れるね!」


ピノキオが両手を上げてそう言うと、コオロギも笑顔を向けた。

そして、ピノキオ達の乗る船はあっという間に港へと無事に到着を果たす。


「わーい! 帰ってきたー!」


港から見る事が出来た見覚えのある町の景色に、ピノキオが嬉しそうな声で飛び跳ねる。


「これこれ、ピノキオ。嬉しいのは分かるが、ちょっと落ち着き……」


船を停泊させ、操縦室からジェペットが顔を出したその時。


「――はーい! どうもどうも、初めましてー! こんにちわぁー!」


ジェペット、ピノキオ、コオロギの幽霊の前に。金色の光の粒達が舞い踊る中から、夜空と同じ色をしたローブを纏う一人の男――魔法使いの姿をした帽子屋が姿を現したのだ。


「みんなが待ちに待った、“魔法使い”さんだよー!」



 ***



騒がしい声に、私は目を覚ました。

ボーっとする視界に飛び込んできたのは、ジェペットさんとピノキオとコオロギの幽霊の後ろ姿と。魔法使いの恰好をした帽子屋であった。


「やあ! おはよう!」


私を見て、帽子屋が言うと。ピノキオ達が私を振り返る。


「あ、おはようアリス!」


ピノキオが笑顔で言う。


「すまんねえ、アリスちゃん。起こしてしまったかい?」

『すみません、アリスさん。お休み中の所を……』


申し訳なさそうに振り返るジェペットさんとコオロギに、私は「いえ、大丈夫です」と返す。


「あのね、アリス! この人、スゴイんだよ! 魔法使いさんなんだって!」


いや、やっぱりか。


『ご無沙汰しております、魔法使いさん』

「やあ! どうもどうも! コオロギ君!」


魔法使いにお辞儀をするコオロギに、ジェペットさんとピノキオが不思議そうな顔を向ける。


「コオロギさん、知り合いなの?」

『アリスさんを「おもちゃの国」に送って下さったのが、この魔法使いさんだったんですよ』


コオロギの説明に、ピノキオは「そうなんだ! ありがとうございます!」と無邪気に言う。


「いやいや、気にしないでくれたまえ」


お茶らけた様子で言う魔法使い。


「ところで、操り人形君」


魔法使いの恰好をした帽子屋が、ピノキオへと声を掛けた。


「君は、自分本位の木製操り人形から。随分と、優しい心の持ち主になったね。勉強はまだまだ、しないとだけど」


そう告げる帽子屋の言葉に、ピノキオは少々気まずそうな表情となる。


「でも、そこの女の子を助ける為に海に飛び込んだのと。自分が貰った優しさを返したい気持ちに敬意を表して……」


帽子屋は、先端が星型になった杖を出す。

確か、以前はキャンディ棒だった気がするが……色んな種類を持っているのだろうか?


「君の願いを一つ、叶えてあげよう!」


いつも通りの笑顔を浮かべ、彼が言う。


「願いを、一つ?」


ピノキオが帽子屋の言葉を繰り返す。


「うん。何でも、一つだけ叶えてあげるよ!」


何でも……と、小さく呟いてから。ピノキオは、帽子屋へと視線を上げた。


「あの……」


木の瞳が、真っ直ぐに帽子屋へと向けられている。


「あの、ロバにされたみんなを。元の姿に戻してあげて下さい」


ピノキオの言葉に、その場にいた全員が目を見開いた。


「ピノキオ、お前……」


ジェペットさんが驚きの声を漏らす。


『良いのかい、ピノキオ!? 何でも願いが叶うなら、君を人間にして貰う事も……』

「ううん、良いの」


コオロギの言葉を遮り、ピノキオが笑みを浮かべて首を振った。


「人間にはなりたいけど……でも、人形よりロバのままの方が嫌かなって思って。友達の燈心も、あのままなんて可哀そうだし」


そして、ピノキオは自分の頭から生えたロバの耳を手に続ける。


「ほら! ぼくも、ロバの耳と尻尾が生えたままは嫌だしね! それなら、お父さんが作ってくれた人形の姿の方が、ぼく好きなんだ!」


笑顔で言っているが、きっと……でも、その優しさを否定したくない気持ちが。私の中に生まれてしまう。


「ピノキオ」


すると、ジェペットさんが真面目な表情で声を掛ける。


「本当に、それで良いんじゃな?」


膝を折り、瞳を交わらせ。ジェペットさんはピノキオに尋ねた。


「それで、後悔せんのじゃな?」


揺れる事の無い声と表情で、ジェペットさんは再び問う。


「お父さん、ぼく……しないよ! これが、今のぼくの一番のお願いだよ!」


と、再び笑顔で言う。

その言葉を聞いてジェペットさんは「そうか……」と、小さく呟くと。木で出来たピノキオの身体を抱きしめる。


「本当に、優しい子に育ってくれて……わしは、とっても嬉しいよ……」


涙の滲んだ声が、私の耳にも届く。

少し……勿体ない気持ちがあるのは確かだ。人形であるピノキオが人間になるには、奇跡や魔法の力でもなければ不可能。そして、そんなチャンスは滅多にありはしない。

でも、それをピノキオは……一つしかない奇跡の魔法の願いを、自分の為では無く友達や他人の為に使う事を。自分の意思で決めたのだ。

それは、人間でも決して簡単に出来る事ではなかった。

ピノキオは「魔法使いさん」と、顔を上げて声を掛ける。


「お願いします。ロバになった子達を、元に戻してあげて下さい」


真っ直ぐ告げられたピノキオの言葉に。


「了解」


と、帽子屋は笑顔を携えたまま言い。星型の杖を振るった。

すると、杖の軌跡から光の粒達が生まれ。ロバにされた子供達が閉じ込められている部屋へと走っていく。


「これで、彼等は元の姿に戻ったよ」


そう言ってから、帽子屋は「あ、そうそう!」と。ピノキオに、向かって杖を振るう。


「君の耳と尻尾も元に戻してあげなきゃね!」


再び放たれた光の粒達は、ピノキオの身体を優しく包み。そしてロバの耳と尻尾は無くなり、彼の姿を元の操り人形へと戻すのであった。


「わー! ありがとうございます!」


自分の頭を触り、お尻を確認してから。ピノキオは帽子屋へとお礼を述べる。


「あと、オマケも付けといてあげたから!」


私も含め、その場一同は不思議そうな表情で帽子屋を見る。


「これから、今日から。君が一生懸命勉強を頑張って知識を得て、優しい心を持ち続ける事が出来たら……君は操り人形から、人間の子供になれる魔法を掛けておいたから!」


その言葉に、ピノキオは「えっ!?」と驚きの声を上げた。


「ぼく、人間になれるの!?」

「まだまだだけどね~。もーっと勉強して、テストで良い点を取って、もうお父さん達に迷惑を掛けない優しい良い子になれたら。君は人間になる事が出来るよ、操り人形君」

「ホント!?」


嬉しそうに叫ぶピノキオ。


「ヤッター! ぼく頑張る!」


ピノキオは「アリス! お父さん! コオロギさん! マグロさん!」と、そこに居た全員に向かって興奮した様子で続ける。


「ぼく頑張るね! 勉強も、優しい子になるのも、いっぱい頑張る!」


その言葉に、皆は一様に表情を綻ばせた。


「ああ、応援しとるぞ。ピノキオ」

『私も微力ながら』

「私めも、及ばずながら」


ジェペットさん、コオロギ、マグロが言い。


「私も、応援してるよ。ピノキオ」


と、私も告げるのであった。


「ありがとう、アリス!」


ピノキオの満開の笑顔が、私へと向けられる。


「あっ、ねえねえ! アリス!」


ピノキオの言葉に、私は「何?」と首を傾げた。


「ぼくが人間になれたらね……」


彼は相変わらずの、無邪気な笑顔で続ける。


「ぼくと“けっこん”して!」


一瞬、その場が沈黙に包まれる。


「ダメーっっっっっ!!!!」


その沈黙を先に破ったのは、まさかの魔法使いの恰好をした帽子屋。

耳を貫かんばかりの叫び声が、海面までも揺らして辺りに響き渡った。


「“アリス”は、ボクのなんだから!!」

「えっ?! 魔法使いさんの?」


不思議そうな顔で、ピノキオが言う。


「アリスと魔法使いさんって、知り合いだったの?」

「まあ、良くは知らないけど。顔見知り?」


ピノキオの質問に、私が答える。

正直、私と彼の関係性は私自身良く分からない。


「それに、“アリス”はもう帰る時間だからね!」


その場一同の顔が、再び驚愕に染まる。

いや、いきなりだなあ。この前の時も、そうだけど。


「アリス、居なくなっちゃうの?」

「それはそれは、また……突然じゃのう……」

『寂しく、なってしまいますね……』


ピノキオに続き、ジェペットさんとコオロギもそう言ってくれる。


「あっ、でも。まだ、アリスの作ったご飯食べてない!」

「確かにそうじゃのう……」

「ごめん……ぼくが、寄り道しちゃったから……」


しょんぼりと、ピノキオが肩を落としながら言う。


「“アリス”が帰るの、今日の夕飯後でも良いよ」


すると、笑みを浮かべて帽子屋が優しい言葉を私達へと送ってくる。


「いいの!?」

「うん! でも……」


帽子屋は、一層笑みを深めて続けた。


「ボクも、“アリス”の作ったご飯、食べたいー!」


ピノキオに負けないくらい、無邪気に言う帽子屋。

一同は一度、唖然と言葉を失うが。次の瞬間には、ジェペットさんとピノキオとコオロギ。マグロまでも、笑い声を響かせていた。

私は呆れながら、少し口角を上げて溜息を溢し。その光景を見つめるのであった。

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